今年のバラ第一号!

我が家には3本のバラがある。
2本は玄関横のフェンスに絡ませたつるバラ
1本は庭の鉢で育てている四季咲きのバラ
四季咲きのバラは本当によく咲いてくれる。花の少ない真冬や真夏でも元気に咲いてくれる。
一方、つるバラは年に1度しか咲かない。
3本ともしっかりと手入れし、世話をしているのだが、年に一度しか咲かないつるバラへの思いは格別だ。

今年もつるバラの第一号が咲いた。
つるバラ2017.5.1.jpg

咲いたのは今週の月曜日。
つるバラは、1本が白、もう一本はピンクだ。
毎年、ピンクの方が先に咲くのだが、今年は白が先に咲いてくれた。
ピンクの方は苗が1年先輩なので、木も大きい。だから毎年先に咲くのだけど、去年の秋に大きく剪定したので今年は少し遅れ目のようだ。

このつるバラ2本は、香りはとても弱い。
だからトゲもほとんどないので玄関先には最適だ。虫もほとんどつかない。
病気にも強く、毎年、満開になる。
以前、ちょうど満開の時期に弟が遊びに来て、「お姉ちゃん、これって、造花?」などと、あまりの花付きの良さにびっくりしていたなぁ。
「ばかもん、本物だ!」と言い返したが、確かにあれだけ咲いていると造花と間違えるかもしれない。

去年は私の誕生日に第一号が咲いたのだが、今年は1週間早い。あと1週間くらいで満開を迎える。
つるバラが満開状態でいるのはせいぜい2週間だ。
その、1年でたった2週間のために、1年間の絶え間ないお手入れが必要になる。
気の遠くなるようなことなのだが、満開のバラを見ると、「うん、うん、バラは今年もよく頑張ったなぁ」と思う。

もう2週間もしたら、庭も夏用に変えねばならない。
毎日忙しいには忙しいのだけれど、これはこれで楽しみだ。
今年は何を植えようかなぁ。

ミス・アロハ・フラのその後

メリーモナークのネタを書いている時、ふと思い立った。
そう言えば、メリーモナークなどに出場している超一流オラパのその後について書いたことがなかったな~、と。
これは、あまりレッスンでも生徒さん達から、聞かれたことはない。
なぜなら・・・
日本の生徒さん達は、「ハワイのフラダンサーは一生、フラを続けるに違いない」と思い込んでいるからだ。

これは仕方がないことだ。
日本でフラを学ぶ人はクプナ(45歳以上。私も含む。)が圧倒的に多い。クプナになってからフラを始める人の方が、若い頃から始めた人に比べて圧倒的に多い。私の世代だと、20代からフラを始めた人は実に少ない。当時は日本にはフラの教室など非常に少なかった、という理由もある。
クプナ世代は、生活に大きな変化がない。子供の手が離れ、夫の転勤も落ち着いてきた。そろそろお稽古でも始めてみようかしら・・・定年退職したから自分の新しい楽しみを見つけてみようかしら・・・と考えるのだ。家族の介護や看護の必要がない限り、あるいは自分の身体が元気な限り、大抵は、かなり高齢になるまで続ける。
要するに、「遅く始めて、遅くまでやる」という感じだ。
自分がそうなのだから、ハワイの人だってきっと長くお稽古を続けるに違いない、と考えるのは自然だ。
ところが、ハワイでは案外、そうでもないのだ。

超一流のオラパが、ぱっとフラを辞めてしまうのは、実は全く珍しいことではない。
よくよく考えてみよう。
日本では、子供の頃に書道やそろばんを習っていた人は多いと思う。ピアノや水泳、その他の楽器を習っていた人も多いだろう。今だと、キッズダンスなんかもある。
・・・しかし。
それを今でも続けている人はどれくらいいるだろうか。
少なくとも私は、ピアノに始まり、書道、そろばん、水泳、弓道・・・子供の頃はお稽古のない曜日はなかった。それに部活が加わる。私は小学生の頃はソフトボール、中学でバレー、高校では剣道部だった。剣道は社会人になってからも続け、最後には三段を取った。社会人になってからは、中国語、お茶、エアロビクス(時代を感じる・・・)、スポーツジム。とにかく、毎日、仕事帰りに何かのお稽古に通っていた。
しかし、その中で何一つ続いているものはない。
今でも我が家には弓も矢もあるし、剣道の竹刀も防具もある。でも、やってない。
それと一緒なのだ。
ハワイの一流オラパだって、フラから離れることはあるのだ。そしてそれは、珍しくない。

私がハワイのカヒキラウラニで修行していた頃、一緒にレッスンしていたフラ・シスターで、今でもハラウでレッスンしている人は、実はワヒネで3人しかいない。カネは1人だ。当時のクプナクラスにいた人で残っているのは2人。亡くなった人もあるだろう、と思う。(ハワイは長寿国ではない)
そしてミス・アロハ・フラで入賞したフラ・シスター達は、一人も残っていない。当時アラカイまで務めていたフラ・シスターも、残っているのは1人だけだ。今現在も残っているワヒネの3人のうちの1人である。その他のアラカイはみんなハラウを去った。
それくらい、ハワイでもフラを一生続ける人は少ない、ということだ。

それには、生活の変化が大いに関係する。
結婚して引っ越した
大学で本土やオアフへ行った
本土やオアフで就職した
子供ができた
子育てが忙しくなった
・・・などなど。
交通事故でフラができなくなった人もいるし、重い病気でフラが続けられなくなった人もある。もっと衝撃的なのは、本国に強制送還(!)された人もいる。(メキシコだったような覚えがある)
生活の変化により、お稽古が続けられなくなるのは日本でもハワイでも同じなのである。

生活の変化はないけど、フラを辞める、という人もある。実はこういう人がかなり多い。
生活の変化によってハラウを去った人の中には、たまにハラウに復活する人がいるが、生活の変化の理由ではなくハラウを去った人は、まずは戻ってこない。寂しいことだけど。
フラが嫌になって辞める人もあるだろうが、私が知っている範囲だと、そういう理由ではない。
もう十分、なのだ。
あれだけ打ち込み、生活のすべてをフラに捧げ、他のことはうっちゃらかして、食べるか寝るか踊るだけの生活。
それから卒業するのだ。
年齢や身体の変化もあるが、もうこれ以上できない、もう十分だ、と考える人が多いのだ。

言い換えれば、超一流のオラパは「もう、これ以上できん!!!」というところまで自分を追い込む。
そして、それから卒業するのだ。
先日、フィギュアスケートの浅田真央さんが引退されたが、つまりはああいう状況だ。
それには何かのきっかけがあることが多い。
浅田真央さんの場合は、多くの実績を残し、昨年末の全日本選手権の結果をもって引退を決意されたようだが、ハワイの超一流のオラパの場合は、大きな大会でとても良い成績を残したのを最後に、とか、ミス・アロハ・フラ出場を果たしたから、ということが決意につながっていることが多い。どっちか言うと、ボロボロになるまで現役を続ける人は少なくて、良い成績を残したところで引退する人が多い。

ミス・アロハ・フラにまで出場する人はどうか。
ちょうど結婚適齢期にミス・アロハ・フラは出場するので、大会が終わってすぐに結婚する人もある。これはかなり多い。カヒキラウラニだと、こういうパターンが一番多いように思う。
そしてそういう人はハラウに戻ってくることは少ない。カヒキラウラニだと、過去に3人だけいた。それでもしばらくすると、やっぱり辞めてしまった。
ミス・アロハ・フラに出場するなんてことは、いわば金メダル級だ。そんなオラパがその後、グループ競技で踊るか?と考えると、それはかなり希有だ。オリンピックで金メダルを取った選手がそのまま引退することが多いが、そんな感じである。
ナー・レイ・カウマカ・オ・ウカからミス・アロハ・フラになったマナラニ・イングリッシュさんは今でもグループ競技に出場しているが、あれはかなり珍しいと言えるだろう。
一番多いのは、そのままハラウのアラカイになる、というパターンだ。競技には参加せず、後進の指導にあたるのだ。中にはスノーバード・ベントさんやヒヴァ・ヴォーンさんのようにアラカイからクムになる人もある。
親がやっているハラウを継ぐというパターンも多い。ケオララウラニ、カラニアーケア、ハラウ・フラ・オラナはそういう感じだ。マエリア・ローベンスタインさんもそうだ。
また、オアフなんかの都会だとショウの機会が多いので、プロ・ダンサーになる人もある。アリアナ・セイユさん、マリア・ピーターセンさん、ミカさん、ナターシャ・オダさんはプロとして活躍されている。
でもやはり多くのミス・アロハ・フラ出場者はそのまま引退し、結婚したり出産したりでいつしかフラを辞めている。

・・・それくらい、大変だったのだろうな、と想像する。
もう、ここまでで十分、と考えても不思議でないくらい、頑張ったのだ。
卒業したくなるのも、実際に卒業するのも大いに理解できる。

私も今まで、一度だけフラを辞めたい、と思ったことがある。
正確に言えば、
もう、辞められる、もう辞めてもいい
と思った。
メリーモナークに出場した後だった。
運良くカヒコで3位に入賞できたのだが、入賞できなくても同じように思っただろう。
もう、十分だ、もう卒業したい、と思ったのだ。
それくらい自分を追い込んだし、夫を日本に残したまま留学し、すべてをフラに捧げた。もうこれ以上はできん、と思った。
当時私は、全くフラを教えてはいなくて、ただハワイのカヒキラウラニで修行していただけだった。生徒などいないので、いつでも辞められたし、いつでもタダの専業主婦に戻れた。フラを教えるなどということはおこがましくて、考えたこともなかった。(そして、実際に、帰国して普通の専業主婦に戻った)
帰国して1年くらいした後、たまたま親しくしていたウクレレの先生から、「フラを習いたい」という人を5人紹介されて、細々とフラを教え始めたのだが。

私のようなパターンは少ないだろうと思う。
元々教室を運営されている「先生」で、クムに招聘されてメリーモナークに出場する、という人は今では少なくないだろうが、元々生徒を持っていなくて、修行を一旦終了してから細々と教え始める・・・なんて人は少ないだろう。それくらい、私は、あの時は、フラを卒業したかったのだ。

人生とは、わからん。
私みたく、教えるつもりもなく、ただ自分の楽しみで修行していただけなのに「先生」になって、まだまだ続けている人もあれば、ミス・アロハ・フラの栄冠を手にしてもフラを断ち切ってしまう人もある。
生活や環境の変化は、日本でもハワイでも、ある。
それによってお稽古を辞める人は少なくない。それは当たり前だし、十分理解できる。
そして、ものすごく打ち込んできて、それから卒業するという人があるのもよくわかる。

メリーモナークを見ていて、「あれ、あの人、出ていないな~」と思うことはちょいちょいある。
卒業されたのかな、と想像したりする。その後、ホオパアで出てくることもある。
そういうのを見つけるのも、またメリーモナークの楽しみの一つなのである。





posted by プアアカハイ at 18:45愛知 ☀Comment(0)日記

菜飯

久しぶりの料理ネタ
昨日買い物に行ったら、小さなかぶが安く売られていた。
かぶ本体の大きさは直径約5センチ程度の球体。これが3個入ってなんと138円。
そう、名古屋は関東方面に比べて野菜がかなりお値打ち(その物の価値からすると値段が安いことを指す名古屋弁)なのだ。ありがたい。
私は本来の大きなかぶよりも、小さなかぶの方が好きだ。大きいかぶは、繊維が強情(!)で、口の中に残ったりする。それがイラッとする。(噛みきれないことに)

今日はそのかぶを使って菜飯漬物を作ってみた。(ちなみにおかずはそれだけではない)
まずは、菜飯から。

<材料>
かぶの葉っぱ 株3個分の葉
小女子 半パック
いりごま 大さじ1杯くらい
茅野舎のだし 1パック
炊いたご飯 3合
昆布茶 1つまみ

1 かぶの葉っぱは塩ゆでし、水気をしっかりしぼってからみじん切りする。
2 フライパンにごま油を小さじ2くらい入れて熱し、かぶの葉っぱを投入。よく炒める。
3 小女子を入れて更に炒める。
4 いりごまを入れて更に炒める。
5 茅野舎のだしの袋を破って、中身を入れて更に炒める。
6 塩加減を見て、足りないようなら昆布茶1つまみを入れる。
7 炊けたご飯に炒めたものを全部投入して、さっくり混ぜる。
・・・で、できあがり。今日は小女子で作ったが、桜エビでもかなり美味しい。
かなり簡単だ。時間のない時にささっと作ることができる。今日のように一日中レッスンがある日には最適だ。

で、残ったかぶ。
煮るほどの量があるわけではない。
そこで急に思いついたのが、漬物。
かぶの漬物の決定版と言えば、千枚漬けだ。しかし私は千枚漬けが苦手だ。あの酸っぱさが苦手なのだ。
だから私のかぶの漬物はシンプルな塩漬け

<材料>
直径5センチくらいの小かぶ 3個
塩 小さじ2
人参 1/4本
昆布 10センチ
青じそ 3枚

1 小かぶは2ミリ厚に薄切りし、ボウルに入れる。
2 人参は2ミリの千切りにしてボウルに入れる。
3 昆布は2ミリ×3センチにハサミで千切りしてボウルに入れる。
4 手でよくかき混ぜ、塩を入れてよくもむ。
5 重石をして30分放置する。
6 水気をよく絞って切ってから、2ミリ幅に切った青じそを混ぜる。
・・・で、できあがり。
これも材料さえあれば、すぐにできる。塩は遠めにし、昆布のだしで食べるような漬物だ。だから日持ちはしないので、とっとと食べねばならない。

こんな感じである。
菜飯.jpg

ごま油のコクがあり、油けが少しあるので、ご飯に混ざりやすい。漬物もあっさりしているので箸休めには丁度よい。
今日のおかずはこれだけではないが、時間のない時はこれに味噌汁でもあれば、「もう、こんでよし!(これでよし!)」という感じだ。・・・かなりの手抜き夕飯である。

たまには手抜き夕飯もしたい。
毎日気合いを入れた物ばかり作っていられないのだ。
たまには手も抜きたくなる。
そういう時に菜飯は我が家の定番だ。冬だとレンコンとひじきと人参の混ぜご飯、夏だと梅干しと小女子と青じその混ぜご飯。秋にはシメジと人参と油揚げの混ぜご飯。
我が家では炊き込み飯よりも混ぜご飯の方が圧倒的に多い。その日のご飯の量に具を調節しやすいからだ。

時間のない時にはぜひお試しください!


posted by プアアカハイ at 20:20愛知 ☁Comment(0)日記

ありがとうございました!

昨日のレッスンで、
「メリーモナークの後から演技をビデオで見られると、もっと解説がわかりやすい」
というお話がでました。
はい、本当にそうですね。
でも、DVDの発売を控えているので、なかなかタダで全部は見せてくれないのです。
全部見るには、生中継にかじりつくしか、ありません。

ただ、ハイライトは見ることができあます。
演技終了から遡って1分30秒だけ見られます。
ホイが凝っているハラウだと、ホイしか映っておらず、メレ本体がまったく映りません。
そんな状態のビデオですが、一応、雰囲気はつかめます。
お時間のある方はどうぞ!

メリーモナーク2017 ミス・アロハ・フラ ハイライトビデオはこちら →  MAH
メリーモナーク2017 グループ・カヒコ ハイライトビデオはこちら → GK
メリーモナーク2017 グループ・アウアナ ハイライトビデオはこちら → GA
それぞれ、見たいハラウの写真をクリックすると、ビデオが見られます。

また、入賞の発表の時にはメレの良いところが映っています。
メリーモナーク2017 結果発表ビデオはこちら → 結果発表
ちなみに、このビデオの9分25秒くらいのところから見ると、カヒキラウラニのカネ・カヒコの表彰が見られます。クムの美しい姿、人柄あふれる雰囲気が見られますよ。もちろん、メレの良いところ、ちょうどウリウリの「高速持ち替え」が見られます。

この解説ブログはここ5年くらい、細々とやっています。
それまでは教室で生徒さん達に対してだけ、解説をしていました。要するに、「内輪の盛り上がり」だけのためにやっていたのです。
生徒さんからの、「先生、これって、もっと知りたい人が日本にはたくさんいるんじゃない?」という言葉にヒントを得て、ブログに載せ始めました。
今年も本当に多くの方々が見てくださり、また心温まるコメントもたくさんくださり、連日それを大きな励みにすることができました。
見てくださった皆さんには本当に感謝しています。
ありがとうございました!

またそのうち、引退後のオラパの様子とか、ミス・アロハ・フラのその後など、意外と知られていないメリーモナークの「その後」の話なども載せていきます。
お時間のある方はまたお付き合いください!

「競技会」は「勝負事」ではない

日本時間で昨日の夜8時過ぎにメリーモナーク2017の全日程が終了した。
あ~、終わっちゃったな、と思っている人も多いだろう。
私は、ほっとした、と思っている。
今年は父の主治医や施設からの連絡はなく、義弟からの緊急電話もなく、ちょいちょいメールの連絡は入ったが、メリーモナークに集中できた。
こんな年は珍しい。

メリーモナークは「コンペティション」だから、入賞するハラウとそうでないハラウがある。
日本でもPCの前で一喜一憂した方も多かっただろうと思う。
日本人や西洋人(変な言い方だが)は、昔から「競う」ことが好きだ。出来不出来やタイムや長さなどの順位を付けるのが好きだ。
しかし、ハワイアンはそうではない。
みんなそれぞれ、ベストを尽くし、競技会に向かって努力する。
中には、というか、結構多いのだが、「それはウェスタン(西洋的)な考え方だ」と、コンペティションには一切参加しないハラウもある。それはそれで、理解できる。なるほど、と思う。

1位だったから良くて、入賞できなかったから良くないのか、と言えば、それは絶対に違う。
なにしろ、人間がやった演技を、人間が審査するのだ。
どんなに公平に審査しても、そこには、「好み」「傾向」が伴う。それは当たり前だ。
「好み」はわかるとして、「傾向」とは。
どこのハラウも、「今年はウチはこれをやりますよ」という発表はしない。そして、エントリーした曲がかぶると、後でフェイスシートを提出したハラウが曲を変更しなければならない。どのハラウも、その年のテーマやメレを決めるのは、かなり早い段階になる。たぶん、夏には構想を練っているだろう、と思う。
そんな風に決めたテーマが、たまたま、かぶることはある。
曲が同じでない限り、テーマが一緒でもそのままエントリーは通る。結果、同じテーマの曲が何度か出てきたり、同じ楽器ものが出てきたり、似たような衣装だらけになったりする。
・・・どのクムも、考えていることは同じなのか・・・?と思うこともある。

今年で言えば、
・カネ・カヒコのウリウリが多かった。
前半4ハラウが手踊り、その後の5ハラウは全部ウリウリだった。ウリウリが5ハラウ、というのは確かに多いが、前半と後半でばっちり分かれた。これがもし、手踊りとウリウリが混ざった順番だと、かなり印象が変わる。ジャッジや観客は、「あ~。またウリウリか」と思うだろう。こうなると、よほど目を引く「何か」があったハラウに点数が乗る。結果、ティリーフを付けたウリウリで古代物をやったカヴァイリウラーや、ものすごく速いテンポで最後までエナジーたっぷりに踊ったカヒキラウラニが入賞した。
では他のウリウリをやったハラウは良くなかったのか、と言えばそうではない。世代交代が進んだらしきイ・カ・ヴェーキウは正確なウリウリだったし、ケクアオカラーアウアライリアヒの大きなウリウリは印象的だった。ケ・カイ・オ・カヒキは実に正確で減点の少ない演技だった。
同じ楽器物が出てくると、印象の強いものに、どうしても点数がついてしまう。

・ワヒネ・アウアナのドレスが赤が多く、オフショルダードレスとホロクーが多かった。
衣装は、ある程度「流行」がある。髪飾りの付け方も変わっていくし、ココの位置も変わる。
今年で言えば、オフショルダードレスのオンパレードになった。また近年ではせいぜい1~2ハラウしか着ないホロクーが多かった。ホロクーは踊りにくいので、これをうまく使いこなすと衣装点や技術点が上がる。それを視野に入れてホロクーを選んだりするのだが、これだけホロクーが多くなると、「ホロクーがホロクーたる加点」が抑えられてしまう。
また、ウェブのコメント欄には、「今年は赤をテーマにしないといけないのか!?」というコメントを入れる人もあったくらい、赤い衣装が多かった。そうなると、バランスの関係で、使うレイや髪飾りも似たような感じになるのは否めない。印象に残る衣装はたくさんあったが、なぜか赤の衣装は印象に残っていない。結果、赤い衣装を着ていたハラウのフラの印象も薄くなってしまう。入賞しなかったけど、かなり素晴らしい演技だった赤衣装のハラウがある。偶然とはいえ、実にもったいないことだ。
また、ココの位置が年々高くなっている。その反面、クラシカルな印象を与えるためにココの位置をぐっと下げるハラウも多かった。髪飾りは大きな物を使うハラウが多かったように思う。
その「流行」に乗るのか、あくまで「独自」でいくのか、なかなか選択の難しいところだ。
もちろん、衣装選びはクムのセンスなのだが、あまり重なってしまうと損をしたりする。

・アウアナが「場所の歌」オンパレードになった。
特に後半、ずっと「場所」をテーマにしたハラウが続いた。
そうなると、同じような「場所の歌」でも、ちょっと目先の変わったものに印象が残る。ヒヴァ・ヴォーンのハラウは「ホテルのオープン」がテーマで、ものすごく移動をさせた。ヒイアカイナーマカレフアは同じ隊形のまま大きく移動させ、印象の残るポーズをした。同じようなテーマだと、「印象に残る何か」があると点数が乗る。当たり前だが。

・演技順
これはものすごく関係する。
前回大会を含め、ここ数年の成績によって演技順は決定するのだが、これは大いに関係する。
例えば・・・同じ楽器が続く、とか、同じ色の衣装が続く、とか。こういうことがあると、どうしても後のハラウに点数が乗っているようである。もちろん、そうばかりとは言えないが、そうなっている例が多い。
また、全体に、後半に出場するハラウが多く入賞する。これは毎年同じだ。
よく、「後半に出ないと入賞しないんですか?」と聞かれるが、これは、そうでもない。結果的には後半のハラウが多く入賞するが、それはここ数年の成績が良ければ後半に出場するので、大幅な世代交代がなければ、その年も良い演技ができる、ということだ。
後半に出場する、前半に出場する、ということではなく、「その前後」が関係するのだ。

・世代交代が進んでいる
どのハラウも毎年世代交代しているのだが、今年は特にそれが目立った。
「あ、あの人がいない」「この人は今年からは踊らずにホオパアなのね」と感じることが多かった。世代交代期は本当に難しい。クムが亡くなることもあるし、大幅にメンバーが辞めてしまうこともある。なぜか、一斉に妊娠する年もある。だから、同じ力を維持するというのは本当に難しいのだ。
ものすごく人材の豊富なハラウであっても、世代交代はやはり難しい。ここをうまくつないだハラウもあれば、そうでないハラウもある。
「今は我慢の時」というハラウが多かったように思う。
メンバーの年齢を読み、「あと2~3年すると、このハラウはぐっと変わってくるな」と予想するのも、なかなか興味深いのだ。(これは結構、当たる)

・キノイキ・ケカウリケをテーマにしたハラウが多かった。
キノイキ・ケカウリケとは、カピオラニ女王の末妹。カウアイ島の王カウムアリイの孫で、ハワイ島ヒロの知事の妻。この方やこの方の子孫をテーマにしたハラウがかなり多かった。

・アウアナでオラパが歌う演出が多かった。
これは去年ぐらいから多くなっている。はやっているのかな。
「あ、また合唱してる」と感じることが多かった。これだけ多いと、印象が薄くなってしまう。

また、これは、「そんなことはないよ」と言われるが、私自身が長年見てきた中で感じるのは、
同じ楽器物は入賞していない
ということだ。
例えば、イプで1つのハラウが入賞すると、他にイプを使ったハラウは入賞していない、というようなことだ。これは偶然なのかもしれないし、私の気のせいかもしれない。
でも、現に、毎年そうなっている。決してその2つのハラウのイプに明らかな差があったわけではなく、双方素晴らしい演技だったのに、1ハラウしか入賞していない。
偶然なのか、メリーモナークの不文律なのか・・・?と思うこともある。
カネのカヒコのように、ウリウリが半数以上を占めると、そんなことも言ってられないだろうが、こんなことは珍しい。大抵は、入賞したハラウの楽器はかぶっていない。

こんな風に、入賞した、しなかった、と一喜一憂するのだが、私自身は、実はあまり気にしていない。
もちろん自分が所属しているカヒキラウラニが良い成績だと嬉しいのだが、それだけではないのだ。
メリーモナークは、成績を競うものではあるのだが、それに出場するまでの過程の方がずっとずっとずっと大切だ。
ものすごく苦しいし、こんなお気楽主義の私でさえ、毎晩悪夢を見たし、血尿も出た。それを乗り越えてあの舞台に立つ。なんと名誉なことか。
演技が終わると、「入賞なんか、どうでもいい」と私は思った。
もう、十分だ、と。
あんなにフラに打ち込み、他のすべてをうっちゃらかして、踊るか食べるか寝るかしかなかった日々。それが終わるのだ。入賞するかしかいかなど、どうでもいい、と思うのだ。
一晩明けて、出場した多くのオラパはきっと、そう思っているだろう。

「競技会」は「勝負事」ではない。
その過程も含んで、みんなで1つの物を目指す。それは「賞」ではなく、「ベストな演技」だ。
入賞しなかったから良くなかった、というわけではない。
絶対に、それぞれ得たものがあるはずなのだ。
それが次につながる。次のメリーモナークだったり、次の課題曲であったり、次の人生だったり。
毎年メリーモナークを見ていると、本当にそう思う。

来年は、どんなメリーモナークになるだろうか。
フラはいつか踊れなくなる日が来るかもしれないが、見ることはずっとできる。
来年もぜひ、楽しませていただきたいものだ。