大曽根祭り

今週末、大曽根の商店街で大曽根祭りが開催されます。
ドゥ・ハワイ・カルチャースクールは、28日(土)午後7時30分から出演する予定ですが・・・
どうやら、台風が直撃しそう。
現時点で中止の連絡はありませんが、中止が決定され次第、出演予定の生徒さんにはご連絡いたします。

東海地方直撃だもんなぁ・・・
お祭り開催そのものが無理なような気がする。

・・・というわけで、ご出演予定の皆さんは今しばらくお待ちください!

合格

昨日、合格通知が届いた。
実は、6月上旬から勉強していたのである。
今回合格したのは、
認知症介助士
という資格。
「介護士」ではなく、「介助士」だ。
食事や入浴、排泄などの日常生活の介護をするのが介護士であるのに対し、介助士は認知症の症状を理解し、認知症患者と一般社会のつなぎのお手伝いをする、というもの。
例えば、スーパーマーケットで同じ物ばかり大量に買うお客様への対応、銀行窓口で激昂し意味不明な言動を繰り返すお客様への対応、公共交通機関で行き先不明になってさまよっているお客様への対応などが専門になる。

講座では、認知症を患っているお客様にどのように対応するのかを学んだり、数種ある認知症の特徴や原因を学んだり・・・と、結構、内容は盛りだくさんだった。
父が特別養護老人ホームに入所してまもなく5年になるが、父が認知症を発症して以来、いろいろな本を読んで勉強したことが「資格」という形になったわけだ。
父が認知症を患っているおかげで(?)、既に知っている内容も多く、他の受講者よりも有利だったかもしれない。それでも、久しぶりに、教科書なる物を手にしたのには、新鮮な喜びがあった。

私の仕事で、この資格を活かせる機会は、今は少ないかもしれない。
今は。
この先はどうなるだろう。
認知症を患ったお客様がドゥ・ハワイのショップにいらっしゃるかもしれない。道に迷って、お店に入って来るかもしれない。
そして・・・
これは考えたくないのだが、生徒さんの中にもそういう症状が出てくるかもしれない。
今は、いい。
だけど、5年後、10年後、果たして、そうならない保証はないのだ。
そうなった時に、少しでもショップのお客様や生徒さん達に寄り添っていきたい、と思い、認知症介助士の勉強をしたのである。

この勉強をしたのには、もう一つの理由がある。
認知症予防を広めたいのだ。
この講座では、認知症予防に関する内容が多く含まれていた。既に知っていることも多かったが、知らないこともたくさんあった。
これから先、家族や生徒さん達が、認知症に苦しむことのないようにしたい、と考えたのだ。(苦しむのは本人よりも、その家族であることが多い)
父が認知症を患って以来、私の生活は一変した。母も、夫も。
誰もが望んで患うわけではない。しかし、周囲は本当に大変だし、患者を恨みたくなる。介護の末、殺害に至った、というニュースを見ると、本当に心が痛む。そして、私の心の中にも、それを理解できる部分があるのも事実だ。
できるものなら、認知症に苦しむ人を、少しでも減らしたい、と思っている。

勉強をしている最中、何度も思った。
「もっと早く、勉強しておけばよかったな」と。
父の症状が、いちいち、ケースに当てはまるのだ。もしあの時、こういう技術を身につけていたら、私はもっと父とうまく付き合えたかもしれない。もっとうまく対応できていたかもしれない。
それについては少し残念だ。ちょっと遅かったかな、と。

この資格が取れたから、すなわち何らかの結果がでる、というものではない。
ただ、少しでも、お客様や生徒さん達が安心してレッスンに来てもらえるようにしたい。
将来、認知症の症状が出始めても、他の生徒さん達とうまくバランスを取ったレッスンがしたい、と思っている。

そして・・・
実は、他の資格を取る勉強をしている。
認知症介助士の勉強が終盤にさしかかったところで、次の資格取得を考えた。
その資格は、今月中に最終試験を迎える。こちらも順調だ。
合格したら、またブログでお知らせするつもり。
ただでさえ忙しいのに、何やってんだ、と思わないでもないが、こういうものはやれる時にしか、やれん。大抵は、夫を早朝に送り出した後に1時間ほど勉強している。毎日は、できない。できる日に、一気に集中してやっている。義弟の通院の待ち時間とか、みよし市の市民講座の待ち時間、料理の煮込み時間なんかも利用したので、案外、勉強時間は確保できた。この調子でいけば、もう数種類の資格が取れるかもしれない。
まだまだ私の50歳の脳みそは働いてくれている。
頑張るぞ~!
posted by プアアカハイ at 21:58愛知 ☁Comment(0)日記

塩!

名古屋は猛暑である。
それは毎年のことであるが、今年はエラく、早い時期から猛暑だ。まだ夏休みに入っていないのに38度とか39度という気温。本当にカンベンしてもらいたい。

名古屋で生まれ育った私は、暑さにはかなり強い。夏バテなんぞ、ここ10年以上は感じたことがない。
そんな私だが、夫の実家で作業した帰り道は必ずと言ってよいほど、具合が悪くなる。
理由は一つ。
夫の実家には稼働できるエアコンがなかったのだ!

エアコンはある。・・・が、壊れていて、ガスが漏れ、屋外では液だれまでしている。(なんの液か、わからん)
そこに住んでいる知的障害のある義弟は元々、エアコンが嫌いなこともあり、今まで何度も、
「エアコン、付けようか?」
と尋ねても、
「いらない。具合が悪くなるから。」
と彼は答える。
しかも、エアコンに関してはもう一つ問題があった。
その壊れたエアコンはこの家の物ではないのだ。そのエアコンは、出て行った夫の次弟家族の物なのだ。その前に付いていたエアコンは夫の妹夫婦が持って行ったようだ。
人の物を勝手に撤去もできないし、義弟は要らないと言うし・・・で、今まで手を付けられなかった、という経緯なのだ。

しかし、この暑さである。
義弟は大抵、家ではじ~っとしてテレビを見ているので、扇風機だけでなんとかなっているようだが、私はこの家で作業に励んでいるのだ。隅々まで掃除し、風呂や台所、トイレを掃除し、片付けをし、洗濯を何度も繰り返す。夫は草を刈り、木を切る。当たり前だが、じ~っとしている暇なんぞ、ない。そして、どんなに水分を取っても渇きは癒えないし、汗も止まらない。
だから夫の実家での作業を終え、1時間半の帰り道の途中で気分が悪くなったりする。毎週のように軽い熱中症になっているのだ。
たとえ義弟が「エアコンはいらない」と言っても、私には必要なのだ! 夫にも必要なのだ!
・・・と義弟を説得し、エアコンを付ける運びとなった。

先週の木曜日、レッスンが終わってから電気屋さんと待ち合わせし、実家のエアコンの付いている状況、部屋の広さ、室外機の状態を見てもらった。
どうやら、現在付いている壊れたエアコンは6畳用で、部屋の大きさに全然合っていないらしい。たとえ壊れていなくても、なんの用もなさない、とのことだった。やはりガスも漏れ、配線もイカン、とのこと。たぶん、電気工事業者ではない人が付けたのではないか?と言われた。
出て行った次弟家族が、「壊れたエアコンを取りに行く」と言うとは思えない。電気屋さんには、そのエアコンの撤去処分と10畳用のお掃除ロボット付きエアコンを付けてもらうようにお願いした。

で、その新しいエアコンの設置は昨日だった。
朝8時に実家へ到着。義弟は入れ替わりで、作業所へ出かけた。
作業しやすいよう、家具を移動し、部屋を隅々まで掃除し、ついでにシーツやタオルケットも全部洗濯し、夫は草刈りをし、電気屋さんの到着を待った。
その段階で、夫も私も既に汗だくだくである。軽く頭痛までする。イカン状態だ。
何しろ、扇風機しかないのである。パワー全開にしても、タカが知れている。

電気屋さんは10時過ぎに到着し、早速作業に取りかかった。
私も夫も、特別に手伝うことはないのだけれど、作業には興味があるので、ず~っと見ていた。
見ている最中で頭がフラフラしてきた。一方、作業をしている電気屋さんは70歳近いのに、元気ハツラツである。鍛え方が違うんかなぁ。
夫がお昼ご飯を買いに出かけてくれたが、車の車外温度計は43度になっていたらしい。エアコンを付ける部屋は、直射日光が直撃するという環境だ。そこで扇風機のわずかな風を頼りに元気に作業をする電気屋さん。それを見ているだけで具合が悪くなった私と夫。反省せねば。
午後、一番暑い時間に、電気屋さんは室外機を設置した。私は、というと・・・暑さで死にそうになって、座敷で横になっていた。電気屋さんの作業を待つ間に読もうと思って持ってきた本が数冊あったが、とてもじゃないが、読む気になれん。
「小百合ちゃん、こういう感じだよ~」と電気屋さんが声を掛けてくれるが、冷静な判断もクソもあったもんじゃない。返事をするのが精一杯だ。

作業は午後3時に終了。
電気屋さんは元気に帰って行った。
私と夫は、とりあえず近くの喫茶店へ行き、かき氷を食べた。
夫も私も、工事前・工事後の作業しかしていないのに、本当にヨレヨレになった。
午後4時過ぎに義弟が帰宅した。
涼しい部屋に、にこ~っと笑っていた。
良かった、良かった。
「とにかく、勝手に触るな。エアコンを切るな。」と教え、私たちは夕方のラッシュに巻き込まれながら帰宅した。
帰宅して、汗だくのシャツを着替えようとした時・・・
ビックリした。
Tシャツの中に着ていた、ユニ○ロの黒い下着が、真っ白になっている!
汗の流れや、汗の貯まった場所が、一目瞭然である。
これは・・・塩???
とにかく、背中やゴムの当たる場所がかゆくてたまらない。
汗のかきすぎである。

着ていた物がシオシオしたのは、初めての経験だ。
全身の水分が入れ替わったような気がした。
そして、心なしか、顔が一回り小さくなったような気がする。夫にいたっては、しおれている。
「痩せたのか???」と思ったが、今朝、鏡をのぞくと、いつもの顔の大きさに戻っている。
そう、一瞬、水分が失われただけのことだったのだ。
・・・残念。

義弟は快適な夜を過ごしたことだろう。
涼しければ、食べられるし、眠れる。
一緒に住んでいないだけに、「生きてるか?」と夫が何度も彼に電話をしていたが、これからは「エアコン、ちゃんと使ってるか?」という電話になりそうだ。
義弟が喜んでくれれば何よりだ。
私も・・・これで快適な作業に臨めそうである。
posted by プアアカハイ at 09:32愛知 🌁Comment(0)日記

生まれて初めて・・・

先週の金曜日の早朝のことである。
このトシにして、初めて経験した。
足がつった
のである・・・。
よく、夫や母が、「足がつった!」とのたうち回っているのは目にしていたが、自分も経験することになろうとは思わなかった。
生まれて初めての、「足つり経験」だ。
あんなに痛いもんだとは、全然知らなかった。

以前、整形外科の看護師をされていた生徒さんから、
「足がつった時は、ドライヤーでとりあえず温めてください」
と聞いたことがあった。
・・・が、ドライヤーのあるドレッサーまで行けん。
というか、息もできん。

「くあああぁぁぁぁ~」
とのたうち回っているうちに、夫が目を覚ました。
「どうした?」
「足、足、あ~し~!」
「ああ、つったんか~」
「どうにかして~!」
「辛抱するしかないぞ」
・・・夫は経験者のせいか、冷静である。
とにかく、地球がひっくり返るくらいの痛みだった。
昔、手術する前に脊髄に針を刺したことがある。アレも相当、痛かったが、足がつるのも同じくらい痛かった。

朝、夫と母が揃って、「アンタもトシだわ~」と言った。
そうなのか? 足がつるのは加齢のせいなのか???
直美先生曰く、「私は学生の頃からつった」らしい。ドゥのボス菅原は、「足がつるなんて、しょっちゅうだ」と言う。
そうなのか・・・
加齢のせいなのかどうかはわからんが、結構たくさんの人が経験していることなんだなぁ。
私は生まれて初めての経験で、大パニックになってしまったが、案外、あることなんだなぁ。

金曜につった右足のふくらはぎは今でもオカシイ。
普通に歩くのも、フラを踊るのも平気だが(実際、日曜にはクムのワークを受けている)、階段の上り下りがどうにも難しい。東京駅では大きな荷物もあったので、階段の下りでは死ぬかと思った。
東京駅にはたくさんの人が溢れていて、行き交う人を眺めながら、
「ああ・・・この中で、私のような痛みを抱えている人はどれくらいいるんだろう・・・」
などと考えてしまった。もはや、被害妄想気味である・・・。

今も痛いには痛いのだが、普通に生活はできている。
少しずつ、良くなっているような気配もある。(と、思いたい)
とりあえず、今日は湿布薬を買って補充しておこう。足がつって以来、夫のロキ○ニン湿布を勝手に拝借しているのだ。
湿布が効いているのかどうかもわからんが、一応の「気安め」にはなっていると思う。
湿布も長期間貼っているとかゆくなる。かぶれる前に治ってくれるといいなぁ。

posted by プアアカハイ at 10:01愛知 ☁Comment(0)日記

東京、暑い!

週末、東京へ行っていた。
シスターハラウの真理子先生が初めてのホイケを開催されたので、その応援とサポートである。
東京は名古屋より一足先に梅雨が明けていて、ものすごく暑かった。

もちろん、ホイケも熱かった。
真理子先生のハラウの生徒さん達は本当に良く練習されていて、フラの精度は大変に高かった。
シスターハラウの横浜のアコ先生、札幌に居を移したカリ先生も生徒さん達とご出演された。
皆さん、本当に、本当に、素晴らしいフラだった。
チケットも完売し、たくさんのお客様が来場され、とても盛り上がった。

・・・その間、私は何をしていたか、と言うと・・・
なんと、物販をしていたのである。
会場のホワイエでは、ゲストとして来てくださったカヒキラウラニのメンバーが作ったヘアアクセサリーや小物、横須賀在住のカヒキラウラニのアラカイであるウイが手作りしたアクセサリーを売っていた。
もちろん、本当の「売り子」は、ちゃんと配置されていた。・・・が、日本語が通じないのだ。カヒキラウラニのケイキ生徒のお父さん達とウイのお友達はもちろん全員がハワイアン。日本語が通じないのも当たり前だ。
・・・で、あまり売ることに慣れていない。これはハワイ島ヒロを訪れたことのある人はわかると思う。都会と違って、ヒロではセールストークなるものを聞いたことがない。ヒロのファーマーズ・マーケットでも、店は出しているが、誰も真剣に売っていない。お客様に声もかけないし、実にやる気がないのである。店番をしながら、みんな何かを食べておしゃべりしている。そんなお土地柄から来たケイキのお父さん達が上手く売れるわけがないのである・・・。
「これはイカンがや!」
と危機感を感じた私とアシスタントの直美先生、新潟のミヨシさんと3人は物販のサポートをすることにした。

ケイキのお父さん達は慣れないながらも店開きを自力でやれた。商品を並べて、おつりを用意した。まずまず、である。
ウイのアクセサリーショップは「売り子」が到着したのが開場10分前。そんなのを待っていられないので、私と直美先生、出演するドリューで店開きした。
「もうすぐ、お客さんが入ってくる!」と大汗をかきながらアクセサリーを吊したり並べたりする3人。ドリューは自分の出番もあるのに、ギリギリまで一生懸命手伝ってくれた。なんて良い子なんだ・・・

そして、開場。
たくさんのお客様が来場された。
私と直美先生は物販の経験が結構豊富なので、大きな声でお客様を呼び込む。ついでに、商品の説明も得意だったりする。
開場する前に買ったアクセサリーとヘアアクセサリーをして、宣伝も忘れない。
ウイのアクセサリーは恐ろしいほどのスピードでどんどん売れていった。「売り子」には、お金の管理だけをお願いし、その他は私と直美先生で店を回した。
すると・・・
その横に、ステッカーとアクセサリーがテーブルの上に置かれていた。
これは何? と、見てみると、キラウエア火山噴火に伴う復興支援のチャリティーのブースだった。
しかし・・・「売り子」がいない。誰もいないのだ!

そのブースのすぐ横のウイのアクセサリー・ショップにいた私に、何人かが、「これはここで買えるの?」と尋ねてきた。売りたいのはヤマヤマだが、私はおつりも持っていないし、売り上げを入れる箱も持っていない。・・・っていうか、頼まれていないのに、勝手にはできない。
ウイの店のお客様のお相手をしながら、慌ててチケット・ブースへ行った。
よくよく聞いてみると、「売り子」は幕間に来る、とのこと。おつりも売り上げ箱もその人が持っている、とのことだった。
しかしチャリティーの商品のブースにはお客様が列を作っていた。
せっかくご協力いただけるに売れないなんて、これはかなり失礼だし、もったいない。皆さん列を作って待っていてくださっているのだ。
で、チケット・ブースのスタッフに、「もしよかったら、私が売るよ!」と伝えると、「いえ、幕間に売るので大丈夫です」と言われた。
しかしなぁ・・・せっかくご協力いただけるのに・・・
一度は私も引き下がったが、その後もチャリティーの品を求めるお客様はどんどん来てくださった。
・・・これは、もったいなすぎる。誰でもそうだと思うが、「協力する気持ち」とか「買う気」というのは、機を逸すると失われてしまうものなのだ。
・大きな声での呼び込み
・さりげない声かけ(あくまで、さりげなく)
・丁寧な商品説明
・機を逸さない
というのは、物販では必要十分条件なのである。
そこで再び、チケット・ブースのスタッフに、「なんでもええで、おつり用意してくれん? せっかくご協力いただけるチャンスなのに、店開きができないだけのことでそのチャンスを逃してはいかんがね」と名古屋弁でまくし立ててみた。スタッフさんは私の名古屋弁は理解できなかったかもしれないが、その勢いに押されてか、慌てて箱を用意し、おつりを持ってきてくれた。
・・・こうして私は無事、店開きしたのであった。

店開きに遅れはあったものの、たくさんのお客様がご協力くださった。
出演されたアコ先生とカリ先生の生徒さん達もたくさんご協力くださった。また、ご来場くださったどこかの教室の先生が何人もまとめて買ってくださった。本当にありがたい。
おかげさまで、開演する頃にはチャリティーのアクセサリーは完売し、ステッカーも残りわずかとなった。
そして、1回目の幕間にはそのステッカーも完売した。
「ねぇ、何か他にチャリティーで売る物ないの?」と正式な売り子(私は正式な売り子ではない。臨時売り子である。)に尋ねたが、「ないです」とのことだった。う~ん、残念。もっとステッカーを準備されていたら、もっとご協力いただけたのに。
「ねぇ、募金箱って、ないの?」と尋ねたが、用意がないようだった。
一段落し、ウイのアクセサリー・ショップを見ると直美先生が奮闘していた。薄手のマフラーは30本のすべてが完売し、20個以上あったヘアアクセサリーも完売した。ピアスやネックレスもたくさんお買い上げいただいた。
東京のお客様はお目が高く、デザインの優れたウイのアクセサリーはたくさん売れた。
お買い上げくださったお客様、商品をじっくりと見てくださったお客様には、本当に感謝である。
ホールに到着してから一度も座ることのなかった私たちだが、うれしさで疲れも感じなかった。

カヒキラウラニの出演時間にはなんとか間に合い、私と直美先生は席についた。
かぶりつきでの鑑賞。
なんて幸せなんだ・・・
去年のドゥ・ハワイ主催のディナーショーでは、私は司会、直美先生は着替えや用意のお手伝い、クムのマッサージで、二人ともショーは全然見ることができなかった。
真理子先生のおかげで、心ゆくまでカヒキラウラニのフラを堪能した。
ああ・・・なんて幸せなんだ・・・
真理子先生、ありがとう。

熱狂の渦の中、ホイケは無事に終了した。
直美先生と私は道に迷いながら北千住のホテルにチェックインし、隣の駅の打ち上げ会場へと出かけた。
打ち上げ会場の場所を知らなかった私たちにアコ先生が「案内するよ!駅に着いたら知らせて!」と言ってくださった。フラ・シスターはいいなぁ。嬉しいなぁ。
たまたま駅で会えた真理子先生の生徒さん達がご案内くださって、私たちは無事に会場に到着した。
・・・そして、その宴会は10時30分過ぎまで続いたのであった。
クムとロキシー、私と直美先生。
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去年、ドゥ・ハワイ主催のディナーショーで出演してくれたキアナちゃんと。
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エナジーの余りまくったカヒキラウラニのメンバーとの宴会は本当に楽しかった。
アコ先生とカリ先生とも、久しぶりにお話ができた。
皆さん、大いに飲み、大いに食べ、大いに騒いだ。
そして・・・その宴の次の日はワーク。
実に充実し、楽しい週末となった。
その楽しさの裏返しに・・・今日は筋肉痛に襲われたのであった。



posted by プアアカハイ at 18:27愛知 ☀Comment(0)日記