セントレアのイベント出演

先週末は毎年恒例のセントレアでのハワイアン・イベントだった。
ドゥ・ハワイ主催のアロハ・ハワイ・ネイ・フェスティバル in セントレア
このイベントは毎年大勢のお客様がご来場くださる。ステージも大きく、天井も高く、ステージ背面には大画面のディスプレイもある。私も生徒さん達も楽しみにしているイベントだ。

今年は私がMCをするのは13日だけだったので、ちょこっと余裕があった。
・・・が、MCの間はトイレへ行けないし、食事もままならない。なかなかの体力仕事なのである。
こんな感じ。
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セントレアのキャラクター「ナゾの旅人フー」と一緒に。
今年の「フー」は、写真撮影に引っ張りだこだった。動きもお上手だったなぁ。

そして、この13日は、ドゥ・ハワイ・カルチャースクールの出演もあった。
私自身は、MCをしながら化粧をして着替える、という状態だったが、楽屋のお世話を直美先生やベテランの生徒さん達がやってくれたのでスムーズに準備できた。特に今回は、初めてステージに出る、という初心者・初級者クラスの生徒さんがいらっしゃったので、準備に手間取るかと思ったが、これも直美先生と経験を積んだ生徒の皆さんが協力してくださり、時間までにきちんと準備できた。
いやはや、皆さんのご協力に感謝、感謝である。

教室紹介の文章も自分で読み・・・ ←焦っているので早口だった
ステージがスタート。

1 ハワイアン・ララバイ
初級者クラス・初心者クラスの皆さん。全員がステージ初心者。しかも、2クラス合算での出演だったが、一度も一緒に練習していない!!
・・・という私と直美先生の心配・不安をヨソに、素晴らしいフラを踊ってくれた。
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こういうポーズはまだ揃わなかったりするのだが、このような一瞬を切り取る写真と違い、ビデオではかなりキレイだった。
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なんと、フラを初めて3ヶ月、という生徒さんもいたのだ~!
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堂々と、ちゃんと胸を張って、美しい姿勢で踊れていました。
大敢闘賞!

2 ハナウマ
中級クラスの皆さん。
これは私が先代のクム、レイ・フォンセカに弟子入りした当初に習った曲。私にとっては思い出深い曲だ。
かなりスピーディで、動きも大きく、右のステップと左のステップが違う、という難解なステップ。例えば・・・右レレウエヘから左スピン、のような感じだ。踊る人の腕前が歴然となり、特に体重のかけ方を間違うとエライことになる・・・というナンバー。
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びっくりするほど速いテンポの曲だが、こういう一瞬を切り取る写真でもよく揃っている。
下の写真はハナウマ・ベイへ下るくねくね道のポーズ。手と手の間がしっかりと空いているので、速いテンポでも優雅さを感じる。
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総勢18名。迫力がある。カーヘアも音量たっぷりだった。
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ポーズへ向かう途中でも、よく揃っている。
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難しい曲だし、速いし・・・と思い、今まで生徒にこの曲を教えることをためらっていたが、やってみて、大正解だった。
この曲に関しては、「速い曲なのに、一体感を持って踊る」というのが、私が決めた目標だったのだが、それは十二分にクリアできていた。迫力もあり、力強さもあり、それでいて焦らず、慌てない。素晴らしい出来映えだった。

3 クウ・レイ・アヴァプヒ
直美先生のソロ。
踊り慣れた曲とはいえ、今回は自分の教えている初心者クラスが初出演するため、なかなか練習できなかった。
「自分のことは一番、後回しになるんですねぇ」と言っていたが、そのとおりなのである。それがわかれば、先生として一人前なのだ。
生徒さんがいかに楽しくステージで踊るか、生徒さんがいかに充実したフラを踊れるか、ステージがいかにスムーズに進行できるか、というのが先生のステージにおける仕事だ。自分が踊ることとか、自分の化粧や着替えなんぞは、どうでもよくなる。というか、そんなことに力を尽くしてはいられない。優先順位が違うのである。直美先生の、前述の言葉を聞いて、「ああ、一つ階段を昇ったなぁ」と実感し、嬉しかった。
・・・という、練習不足のフラ。(失礼!)
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練習が積めていなくても、基礎力があれば、美しく踊れる。ただ、練習が不足していると、気が焦ったり不安になったりする。それでも、それを表に出さずに踊れていて、良かった。
この「花」のポーズは非常に美しい。
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遠くを見るポーズもキレイ。ステージの「奥行き」を感じる。
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実はこの曲は、カホロとカオしか、ない。
こういう曲ほど、腕がわかる。
以前に直美先生がこの曲を踊った時より、数段良くなっていた。

4 カウラナ・ナー・コナ
上級クラスの皆さんの登場。
仕込みが一番大変だったのが、この曲。
この曲も先代クム、レイ・フォンセカから習った曲だが、難しすぎて、今まで誰にも教えたことはなかった。
練習時間の限られているカルチャー・スクールとしては無謀な挑戦
とも言えるナンバーだったのだが、皆さん大変な努力をされたと思う。
ステップは左右が違い、元の位置に戻れないステップワークだし、手のモーションも複雑でダイナミック。コンペに出してもおかしくない、というか、かなり高得点が見込まれる内容になっている。それにカルチャーセンターの生徒さんが挑もうというのだから、上級クラスとはいえ、生徒の皆さんはさぞかし大変だっただろう、と思う。
しかも! 仕込み途中に私が例の怪我でレッスンを休講してしまい、生徒さん達はものすごく焦っただろう。実に、申し訳ない!
しかも、しかも、「どうしてもこの曲を、コンペ形式の演出で、このドレスで踊らせたい!」という私のエゴ満載な演出も加わり、生徒さん達のハードルはどんどん上がっていったのである。私のエゴにつき合わせてしまったナンバーなのだが・・・出来映えは本当に素晴らしかった。
こんな感じで登場。
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ステージ後ろの中央に、圧縮してスタンバイ。
この後、1番を踊りながら放射線状に広がり、配置につく。上手くいけば格好良いけど、目指す場所へ行けないと悲劇である。
ずいぶん練習したかいがあり、本番では非常に美しく配置につけた。
なんでもない所も顔の角度や腕の角度が揃っている。
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下の写真は、ウエヘで前2つ後2つ移動するところ。
ウエヘのタイミングもよく揃っていた。そして、身長差はあるのだが、身体の高さも揃っている。見事!
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私が好きなのはこの写真。
全員のドレスの流れがぴったりと揃っている。本当に美しい。
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最後は左右に退場し、3人だけがステージに残る、という演出。残った3人が「おまけ部分」を踊る。コンペでもよく見られる演出だ。
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このクラスでは、初めてのベロア・ドレスだった。
ベロアというのは、光沢があるため、ドレスの流れがよくわかってしまう。(あえて、「しまう」と言いたい)
全員が一体となって踊らないと、相当な逆効果になる。また膝頭も出るので、ステップの習熟度や膝の曲がり加減も歴然とする。まさに、「先生泣かせ」のドレスなのだが、その特性を生かし、非常に美しいフラを踊ってくれた。
もちろん、今後もまだ改善していく所はあるのだが、とにかく、素晴らしい出来だった。

5 ピカケ・ラウナ・オレ
最後は私。踊り慣れた曲だけど、この曲は手のモーションが繊細なので、気が抜けない。
下の写真は、「香りを嗅いでいる」ポーズ。肩をしっかり上げ、目を細めるのがコツ。(私の場合、フツーにしてても目は細まってるが)
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このドレスはクラッシュ・ベロアという素材。普通のベロアよりも光沢があり、毛の向きがあっちこっちしている。かなり重量のある素材だ。こういうドレスの時は、膝をしっかり使ったステップを踏まないと、足が出ない。(ドレスが重いため)
下の写真は膝の使い方がよくわかると思う。
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体重をしっかり片足に載せないと、ドレスが揺れてくれない。ドレスが揺れてくれないと、裾を踏むハメになる。優雅なドレスで踊っているように見えるが、案外、力のいるドレスなのである。
下の写真は、体重をしっかり片側に寄せているのがよくわかると思う。
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今回のステージでは、MCも兼任していたため、ステージの後に客席付近でお客様にご挨拶することができなかった。
見に来てくださった皆さん、ありがとうございました!

また、今回のステージでは、各クラス、本当によく頑張ってくださった。
「うまくできなかった!」と思っている生徒さんもあるだろうが、私がビデオで見る限り、それぞれのクラスが一体感のある、「グループ・フラ」らしい演技ができていたと思う。難しい曲ばかりだったが、皆さん本当に努力されたと思う。
大切なのは、「間違えたかどうか」ではなく、「一体感があるかどうか」だ。
たとえ間違えても、そんなことは、どうということはない。それを引きずらず、他のメンバーとなじんだフラができたかどうかの方が、何倍も大事なのだ。
私がビデオで見る限り、それは全クラス、十分にできていた。
本当に素晴らしいフラを踊ってくれたと思う。

この日に踊った曲は、また踊る機会があるだろう。
その時には、今回以上の出来になるよう、また練習しよう!












日本の美

母のたっての希望で、今日は映画を見に出かけた。
映画は、「散り椿」。
そう、母の大好きな岡田准一と西島秀俊が出演している。
かく言う私も、時代劇は大好きだ。

昔はよく、時代劇のドラマもやっていたし、映画もたくさんあった。
しかし制作費がかかるのか、ここ数年は新作の時代劇ドラマはほとんどない。映画も少なくなった。
寂しい限りである。
それに伴ってか、殺陣の上手い俳優さんも少なくなった。
「どうにか、してくれ!」と叫びたくなる殺陣が多い。大御所が一人入っていると、なかなか見応えのある殺陣になるのだが、イマドキの若い俳優さんだけで、殺陣がへったくそ(たぶん、名古屋弁)なシーンを見せられると、本当にがっかりする。
若い俳優さんで、殺陣が上手いなぁと思うのは、山本耕史と岡田准一くらいだ。このお二人は剣先(けんせん)が生きている。
その岡田准一が出演している映画なので、私も二つ返事で母と見に行くことにした。

良い映画だった。
もちろん、期待していた殺陣は素晴らしかった。文句なし、だ。
岡田准一の身体はキレキレだったし、目線や背中からも感じる殺気や緊張も程よかった。
しかしそれを上回る良さがあった。
それは・・・
映像の美しさだ。
この映画はスタジオでの撮影は一切されていない。全部が、お寺とかお城などを使ったロケ映像だった。
日本の四季の自然の美しさ、芽吹く春、青々とした緑のまぶしい夏、涼をを感じる渓流、燃えるような紅葉、時折ドサッと落ちる枝の上の雪、稽古する二人に吹き付ける吹雪。日本の自然美のすべてが描かれていた。
縁側でお酒を飲みながら、主人公は庭を眺めているのだが、主人公でなくても、ずっと見ていたい自然の美しさだった。
そしてそれを引き立てているのが、自然光だった。
スタジオ特有の、カーッとしたライトではない、自然の光。
当然、室内の映像だと暗くなるのだが、それが気にならない。
確かに・・・お寺やお城の庭石が白いのは、日光をうまくそれに反射させて室内を照らすためだ。そういう場所で映画を撮影しているのだから、本当にリアルだった。
日本って、こんなに美しいんだなぁ・・・と実感した。

いつも時代劇の映画やドラマを見ると思うのだが・・・
時代劇は、俳優さんがあんまり大きくない方が、いい。
背の高い俳優さんだと、なんだか袴姿が似合わない。背が高い、というよりも、足の長いというのが、袴には無用だと思う。
腰の位置が高いと、袴姿がひょろひょろに見える。どっしり感がなくなる。
ついでに言うなら、それなりの肉付きでないと、着物の胸元が寂しい。薄い胸板だと、着物姿が美しくない。
だいたい、江戸時代の日本人男性の平均身長は、160センチに満たない。
その頃の衣装で、その頃の家屋で撮影するわけだから、小柄な人の方が、映像としてはしっくりする。
渡辺謙が「ラスト・サムライ」で袴をはいていた。彼は高身長だが、袴がとてもよく似合っていた。それなりの肉付きがあり、腰の位置が低めなせいだと思う。

これは私の個人的な意見なのだが・・・
日本人は今、「新型日本人」と「旧型日本人」に分かれていると思っている。
「旧型日本人」は、年齢だけで分けるなら、だいたい40代以上。「新型日本人」は、それ以降の年代。
高身長でも、やはり「旧型日本人」と「新型日本人」に分かれている。
私なんかは高身長だけど、やっぱり「旧型」なので、フツーの足の長さだ。たぶん、渡辺謙もそうなのだろう。
でも、私とほぼ同じくらいの身長でも、若い「新型」は、腰の位置が私よりずーっと高い。足が長い、というより、「胴が短い」のような印象だ。
岡田准一は身長も小柄だし、それなりの肉付きのある「旧型日本人」になる。
ところが彼の義弟の役をやった若い俳優さん(池松壮亮)は、身長は小柄ではあるものの「新型」なので、腰の位置が高く、袴姿がイマイチだ。
顔もあんまり小さいと、髷が似合わなくなる。
イマドキの俳優さんで、身長が小柄で、「旧型」体型で、顔が小さくない、なんて人は少ないような気がする。みんなスラッとしていて顔が小さく、胴が短い。
このままいくと、あと数十年で、袴の似合う俳優さんがいなくなってしまう!
これはゆゆしき問題だ!

殺陣をやるには、草履の裏やわずかに出た足の指先で地面を探る。
だから体勢が低くなる。(なんだかフラに似ている)
それを腰の位置の高い足長俳優ばっかでやるようになったら、どうなるんだろう。
殺陣も見応えがなくなっちゃうんじゃないか、と思ってしまう・・・。
なんだか、寂しい。

ともあれ、映画は本当に美しかった。
「まだ咲いて残っている椿があるから、安心して他の椿は散っていける」
というのは、なるほどなぁ・・・と。
日本人特有の考え方のような気がする。よく、わかる。
久しぶりに満足した映画だった。




posted by プアアカハイ at 14:38愛知 ☁Comment(0)日記

故宮博物院へ

台湾の故宮博物院は前からずっと、ゆっくり見たかった所だ。
私は中国そのものではなく、中国の歴史がとても好きだ。
そもそも、私が中国の歴史に興味を持ったのは・・・いったい、いつのことだったろう。
一番最初は、たぶん「西太后」という映画を見た時だと思う。これは小学生くらいの頃なので、大して覚えてはいないのだが、とにかく強烈な印象だった。あの映画は西太后がかなりデフォルメされている、と思うが、その当時の私は「すごい!」としか思わなかった。
時は過ぎ・・・中学や高校で世界史や日本史には度々、中国が出てきた。面白いなぁ、とは思ったが、そのまま大して深く学ぼうとは思わなかった。
そしてまたまた時は過ぎ・・・20歳くらいの時、「ラスト・エンペラー」という映画を見た。「う~ん、これは・・・」と、心の琴線に触れた。
映画の登場人物レジナルド・ジョンストンの書いた「紫禁城の黄昏」を皮切りに、三国志から則天武后もの、はたまた宋姉妹ものも、軒並み読みあさった。
読んでいて、気がついた。
中国の歴史の本って、漢字だらけだ。読みにくい。ものすごく小さな字で中国語読みのルビがカタカナで振ってあるが、小さな字を読むのが面倒くさい。
そうだ! 中国語を勉強しよう!
・・・という具合で、私の中国語学校通いが始まったのである。
今から、25~6年も前の話だ。

フラを学ぶようになった今でも、テレビで中国の歴史ものをやっていると、絶対に見ている。中国の歴史、特に清王朝の乾隆帝のあたりの本は大好きで、本屋さんで新書を見つけると、つい買ってしまう。
そんな私にとって、故宮博物院は憧れの場所なのである。

台湾の故宮博物院で一番有名なのが・・・
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コレと、
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コレ。
そう、翡翠で作られた「白菜」と加工技術のリアルさに驚く「肉石」である。
ちなみにこれらの写真は内緒で撮ったわけではない。この博物館ではフラッシュさえ使わなければ、撮影しても良いのだ。(太っ腹!)
この「白菜」と「肉石」の周囲は一日中、見学者の途絶えることはない。人の頭の後ろからのぞき込むように見なければならない。
・・・が、朝8時30分の開館と同時に「白菜」「肉石」に直行すれば、結構じっくり見られる。私と夫は開館してすぐに「白菜」へ行ったので、かぶりつきで見ることができた。

一番有名なのはこの2つなのだが、私が今回、ものすごく見たかったのはこの2点ではない。
私が見たかったのはコレだ。
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これは象牙で作られている。一番上の鎖部分から一番下の細工までが、1本の象牙を彫って作られている。で、真ん中の玉の中にはまた玉が入っている。
写真を見た母は、「どうやって中の玉を入れたんかねぇ」と言っていたが、玉を中に入れたのではなく、彫りながら、中の玉をまた彫り、そのまた中の玉を彫り・・・というものなのだ。これは中に16個の玉が入っていて、一番外の玉と合わせて17個の玉でできている。
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どうやら、24個の玉でできたものもあるらしい。・・・気が遠くなる。
この作品は祖父・父・子と、3世代に渡って作られた。老眼になったら、できんなぁ。それでも100年くらいはかかるかなぁ。

これも見たかった物の一つ。
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これもよくガイドブックに載っているが、白磁の「枕」である。
カワイイけど・・・陶器の枕とは、なんとも首と後頭部が痛そうだ。うつ伏せで寝ることなんぞ、絶対にできんだろう。

清王朝6代乾隆帝の命により作られた品々も、非常に興味深い。
この頃は国がとても安定し、外国からのイエズス会士の技術者が中国に入ってきて、新しい技術・芸術が中国にもたらされた。だから、ものすごく高価で、芸術性が高く、技術も素晴らしい。
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これはその時代の最高傑作と言われているらしい。
壺の中に、もう一つ円筒形の壺が入っている。外の壺には窓が開いていて、中の壺を回すと金魚が窓から見える。
なんともはや、優雅な逸品だ。
これは芸術作品で、「使うための物」ではないのだが、「使うための物」も、非常に芸術性が高い。

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これは「お椀」。「使うための物」だ。
この絵付けをしたのは、ジョゼッペ・カスティリョーネ。私はこの人についての本も読んだのだが、この人はベネツィア出身のイエズス会士だ。まだ20代の頃、イエズス会に命じられ、遠い中国へやって来た。恋人とも友人とも別れ、かのヴィヴァルディ(!)にも思いとどまるよう説得されたが、彼はイエズス会の命に従った。渡航の目的はもちろん、布教だ。キリスト教には興味のなかった清王朝だったが、彼らの持つ素晴らしい技術を取り入れるため、布教を許した、とされている。そう言えば、義和団の乱の写真で、焼かれた教会が写っていた。きっと教会を建てて、そこで布教の傍ら、芸術作品を作っていたのだろうなぁ。
彼が中国に渡ったのは清王朝4代康熙帝の頃だから、4代・5代・6代と、3代の王に仕えたことになる。カスティリョーネの本業は画家だが、ガラスの技術も高かったらしい。
このお椀は当代の王に捧げる物だから中国的な図柄だが、ヨーロッパの香りを感じる作品だ。彼の作品を見ることが出来て、本当に感激した。

テレビドラマや映画でよく見る、「飾り爪」。
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金のすかし細工や、翡翠、玉、真珠が使われている。
王家の貴婦人達が、薬指と小指の爪にこれをはめる。だから2本セットになっている。
蓋付きのお茶碗で中国茶を飲む貴婦人が、優雅に、薬指と小指を使わずに、残り3本の指で蓋をずらしている。確かに、こんな飾り爪が付いていたら、その2本の指は絶対に使えないだろうなぁ。
ちなみに「飾り爪」は、満民族特有の物なので、清王朝の時代の物しか、故宮博物館にはない。

同じく、清王朝時代のかんざし。
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翡翠や玉、瑪瑙、真珠、ルビーやサファイアも使われている。
これを王家の貴婦人達が身につけていた(しかも1人1個ではない、何個も身につける)ことを考えると・・・清王朝末期には軍備費に苦労していたのがわかるような・・・

これも清王朝時代の笄(こうがい)。日本だと笄はよく吉原の花魁が髪にかんざしのように挿していたが、清王朝ではそういう使い方ではない。
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清王朝は満民族なので、髪型は両把頭と言われる髪型で、この笄にてっぺんの髪を巻き付けて左右に大きく張り出す。後頭部はツバメの尻尾みたいな髷をいくつか作る。なんともけったいな髪型だ。こういうやつ→両把頭
私の髪の長さがあれば、できるかもしれんが。

清王朝の皇帝や高官の頂戴。
「頂戴」とは、「コレちょうだい!」の「ちょうだい」ではない。皇帝や高官や高位の宦官の帽子のてっぺんに付ける飾り。
確かに・・・漢字で書くと、「頂(いただき・頂上)に戴く(いただく・のせる)」だなぁ。
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清王朝の如意。
公式の場で持つ棒のこと。日本では笏と呼び、お札になっていた聖徳太子が手に持っていた。(アレは縦型)
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聖徳太子が持っていたのは木製っぽかったが、これは純金だ。豪華すぎる・・・。

中国の歴史年表を見ると、国の名前が次々と変わっていることに気づく。
豊臣秀吉が攻めていたのは「明」だったし、聖徳太子の頃は「隋」、阿倍仲麻呂や李白は「唐」、神風が吹いた時は「元」。
前の王朝が倒れて、次の王朝が始まる。日本にはないことだ。
中国は広いから、次の王朝が王府北京近辺の民族とは限らない。
モンゴル族だったこともあるし、満民族だったこともある。漢民族の王朝ばかりではなかったのだ。

展示品のプレートには、
「唐 ○○代××帝  作品名・素材名」
としか、書いていない。
西暦何年、という表示がない。
だから、作品を見る前に、隋が西暦何年くらいのことなのか、元が日本の何時代に当たるのか、というのをおさらいしておかないと、それがどれくらい古い物なのか、わからん。
しかも、「明」も「清」も300年近い王朝だったから、その何代目の皇帝かによって、だいぶ西暦年がずれる。
・・・なかなか、やっかいなのである。
「みっちゃん!(夫のこと) この壺さぁ、1400年代後半くらいだよ!」
とか、
「この酒器は800年代だよ!」
ついでに「この青い釉薬はトルコから渡ってきたんだって!」
と、イチイチ私は西暦に換算したり説明文を読んで夫に言うのだが、夫は大して興味がないので(興味もないのに丸々2日間つき合わせた)、
「ふ~ん」「へぇ~」「古いんだねぇ」「素晴らしいねぇ」
くらいしか、返事がない。
その代わり、たくさん写真を撮影してくれたけど。
興味もないのに、つき合わせて、実に申し訳ない・・・。
私も、夫にイチイチ説明するつもりはないのだが、興奮のあまり、感激のあまり、
「この香炉、900年代の物だよ!」
・・・という具合になってしまうのだ。

ところが、紀元前の作品には西暦が記してあった。
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この、真ん中の乳白色のピッチャーは、この博物館の所蔵品の中で一番古い。
なんと!
「紀元前3400年 旧石器時代」
などと書いてあった。
紀元前3400年!!! それって、いつのことだ! ・・・と思ってしまう。
確かにその頃、メソポタミアが建国され、黄河文明が始まったのだが・・・
あんまり古すぎて、ピンとこない。
日本だと、縄文時代になるのか? 
漫画テルマエ・ロマエのハドリアヌス帝は紀元100年くらいだし、クレオパトラだって、せいぜい紀元前60年くらいだ。
昔、テレビアニメで見た「はじめ人間ギャートルズ」の頃か???

いやはや・・・2日間に渡って、お宝の数々をじっくり見たので、本当に目の保養になった。
まさに、「目が潰れる」思いだ。
金や宝石を散りばめた豪華絢爛な物もあれば、白磁や青磁のシンプルな美もある。曜変天目のような偶然の美もある。
いくら見ていても、飽きない。
夫はどうか知らんが、私は興奮と感激の2日間だった。

実は、2日間通って、全部の収蔵品は見られていない。
今回は書画を割愛している。彫刻・細工・陶磁器だけで2日間を要した。
書画については、次回また訪ねた時に見るつもり。
次への課題を残しておくと、また訪ねるのが楽しみになる・・・というのが私の持論だ。
台湾なら近いし、また行くこともできるだろう・・・とヤマを張ったのだ。
さて、それはいつのことになるやら・・・
それまでは、買ってきた「故宮博物院所蔵品写真集」を読んだり、夫が撮ってくれた写真を眺めて楽しもうと思う。

故宮博物院の収蔵品は本当に素晴らしい。
ツアーで行かれた方は多いと思うが、時間があれば、もう1日行かれるのもお勧めだ。
時間がなければ、テーマを決めて見るのもお勧めだ。
太好了! 很好了!












posted by プアアカハイ at 15:22愛知 ☀Comment(0)日記

台湾へ

先週末、夫と2人で台湾へ行ってきた。
夫は今年、還暦。来年春には定年を迎えるので、その「卒業旅行」の名目だ。
かねてからゆっくり見てみたかった故宮博物院へ日参できた。

いつも夫と旅行するときは、「フツーの旅行」だ。
大して豪華ではなく、さりとて「節約第一旅行」でもない、「フツーの旅行」。
でも今回はおっとの記念すべき(!)卒業旅行なので、利用するのが初めてと言っていいくらいだが、旅行会社に手配を頼んだ。
飛行機はJALのビジネス、ホテルはリージェント台北の最上階角部屋コーナースイートだった。
要するに、気合いの入った旅行だったのである。
こんなことは一生に一度しか、ない。
っていうか、一生に一度で十分だ。目が潰れる。

なんで、「台湾」なのか。
ハワイでもいいじゃないか、と思われるかもしれない。
・・・が。
ハワイでは常に仕事モードになってしまう。
仕事から離れて、単純に観光を楽しむ旅行がしたかったのである。
そしてもう一つ。
私は昔々、結構長いこと、北京語を勉強していたのである。フラを学ぶ前のことだ。
北京語は台湾語とは発音が相当違うのだが、文法や単語は同じだ。読み方が違うだけだ。今でも、中文の新聞は理解できる。だから英語圏の国じゃないけど、そんなに困らんだろう・・・と思ったのである。5月から、昔に勉強した北京語のテキストを読み返し、準備した。(だいぶ、忘れていた)

で、いざ、台湾へ!
ホテルに荷物を預けてすぐに外出。
行ったのは、迪化街。←この最初の字を探すのに苦労した。
ドライフルーツと花布を買いに行った。ここでは日本人には遭遇しなかった。
こんな古い町並み。映画のロケにも使われるそうだ。
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ドライフルーツは袋入りの物を買ったので苦労しなかった(店主はなぜか英語が堪能だった)が、花柄の布「客家花布」を買うときは苦労した。布を買う場合は、この布を何ヤード、と注文しなければならない。日本語が通じる、とガイドブックにも載っているが、日本語は全然通じない。当然、英語も。思い出し思い出ししながら、北京語で言ってみたが、ほぼ通じない。が、めげずに北京語で何度も何度も言ってみると、ちゃんと通じた。
「作って製品にしようか?」
と聞かれた。この街では、布を注文して製品にもできるらしい。
「自分で作るから、作ってもらわなくていいよ」
と答えた。
「何を作るつもりなの?」
「お弁当袋」
・・・慣れない言語の会話はものすごく疲れる。ちゃっちゃっと買って店を出たい・・・汗が出る・・・
でも、楽しい経験だった。

蒸し暑さに閉口し、喫茶店に入ってみた。
注文したのは、緑茶の烏龍茶。
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ボトルに温かいお茶が入っていて、氷がびっしり入ったグラスが出された。
結構な量のお茶だが、安い。
お店のお姉さんは20代のカワイイ子だった。このお姉さんは英語がかなりできたので、ついでに漢方薬屋さんへの道筋を確認した。
でも、日本語はダメだった・・・。ガイドブックに「日本語はほとんど通じる」と書いてあるが、アレは日本人慣れした観光客向けの店だけのことかもしれん。

漢方薬屋さんで西太后の使っていた成分を復刻した石けんを買い込み、ホテル・オークラで評判のパイナップルケーキを予約注文して、夕方にホテルの部屋へ入った。ここまでで歩いた距離はなんと10キロ。なんとも体力の要る旅行である。
部屋はこんな感じ。
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これはリビングの部分で、寝るところはこんな感じ。いつもとは違う部屋の広さにとまどう私。
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なぜか、ベッドの1つに「ハッピー・バースデイ」の飾りが。
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チェックインする時に、夫の誕生日が11月なの見て、「ハッピー・バースデイ!」と言われた。
ちょっと、待て。
まだ9月だ。夫の誕生日には2ヶ月あるではないか。それで、「ハッピー・バースデイ!」なのか???
でも、心遣いが嬉しい。
ちなみにバスルームは巨大。クローゼットもウォークイン・クローゼットだった。
バスルームはシャワールームが別になっていて、こんな感じ。
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バス・トイレ・洗面台・シャワールームだけで、20畳は軽く、ある。
一般庶民の私と夫には、本当に目が潰れる。

窓から見た台北の景色。
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夜になると、こんな感じ。
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角部屋なので、部屋の2面が全面ガラスになっていて、景色が良かった。
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次の日からは観光へ。鉄板の観光スポットめぐりだ。
台北101という高いビルへ。
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竹の節みたいになってる。金融関係の会社がたくさんテナントに入っているらしく、「すぐに伸びる竹」をイメージしたとのこと。なるほど。
東芝製の世界最速を誇るエレベーターに乗って展望台へ。
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さらにそこから2階昇って、91階。
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展望デッキから見た台北。この日は終日晴れていたので、よく見えた。
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中正記念堂へ。
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「中正」は蒋介石の正名。だから蒋介石の巨大な像がある。
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衛兵交代式。この日、ここでは陸軍だった。
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この衛兵は身長180センチ以上の見目麗しい人が選ばれる。瞬きを全くしない。瞬きしないので、最初は人形かと思った。ガイドさん曰く、「瞬きしない訓練をする」のだそうだ。目が乾く!

龍山寺へ。
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おみくじをやってみた。
名前・住所・年齢を言ってからお願い事を念じ、陰と陽の形になった、かまぼこ状の物2個を地面に投げる。1個が表、1個が裏になるまで続ける。私は3回目、夫は1回で裏と表が出た。で、番号の書いてある棒を引く。引き出しタンスに番号が書いてあり、引いた番号の引き出しの中にあるおみくじ紙をもらう。なんと、これがタダなのだ。
夫は「上上」(たぶん大吉)、私は「上平」(たぶん小吉)だった。

忠烈祠へ。
ここでも衛兵交代式が見られた。
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ここでは空軍。
衛兵が歩いた跡は、茶色の線が残っている。靴裏に打ってある鋲の破片が錆びて、この線をつけたようだ。

夕方は九扮へ。
瀬戸内海みたい。
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「千と千尋」の映画のモデルになった場所なので、ものすごい日本人観光客だった。
通路のほとんどが階段なのだが、普通に歩けない。
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ガイドさんを見失わないよう、必死な私。
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ここが一番の写真スポットらしい。階段下の広場。
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通路は狭くて、両側にお店が並んでいる。
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とにかく、強烈な臭い。揚げ物や、獣っぽい臭いのするソーセージ、甘い臭いが混在している。
「千と千尋」のモデルになった場所はここらしい。実は私も夫もその映画は見ていないので、「ふ~ん」という感じだった。
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景色そのものよりも、私の前にいる人の多さに目がいってしまう・・・。
夫が撮った写真の方がキレイ。
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故宮博物院は???
これについては私の思い入れが強いので、また明日!











ゆっくりできたお盆休み

こんなにゆっくり過ごしたお盆休みって、初めてかもしれない。
前職では、お盆休みなるものは存在しなかったし、たとえ休みだったとしても、私の家のお墓掃除と夫の家のお墓掃除や草刈りなんかで、渋滞に巻き込まれての外出とは無縁だった。
今年は・・・
首の手術のおかげで(?)、どこへも出かけず、ひたすら家でじ~っとしていた。

元々、じっとしている生活とは無縁な人生を歩んでいるので、いざ、「じっとしていなさい」と言われても、なかなか難しい。
とはいえ、「汗をかかないように」「外出を控えるように」と医師からは念を押されているので、あれこれ動くわけにもいかない。
結局、手術を終えてからというもの、一日中、テレビで高校野球を見て、かねてから読みたかった文庫本を3冊読破した。

仕事を始めたのは昨日から。
新潟のイベントのMC原稿を作った。久しぶりにアタマを使ったので、ものすごく疲れてしまい、ついでに昼寝までしてしまった。
ああ・・・なんて怠惰なんだ。
寝ては起き、食べ、本を読み、テレビをながめる。
人はコレを、「幸せ」と呼ぶかもしれんが、いい加減、飽きてきた。

明日からは新潟のイベントだ。
ようやく、日常が戻ってきた。
がんばるぞ~
posted by プアアカハイ at 16:56愛知 ☁Comment(0)日記