髪の毛の4分の1を失う

金曜日に引き続き、月曜日のレッスンをお休みさせていただきます。
というのは・・・
金曜日の夕方、全身麻酔の緊急手術を受けました。病気じゃないです。事故のようなもの。
昨日のお昼に退院して、今は自宅にいます。で、母と夫をこき使っている。

そもそもの始まりは木曜日の夕方。レッスンを終えて帰宅し、いつもお世話になっている鍼灸院へ行った。
鍼治療で、鍼を首の左後ろに刺してもらっている時に首の中で鍼が折れちゃったのだ。
鍼の先っちょは出ていなくて、中で折れている感じ(らしい)。何しろ後ろの首なので、私自身は状況がわからん。見ていないので・・・。
慌てて自宅へ帰り、保険証を持って近くの整形外科へ。
受付で事のあらましを説明すると、医師が診察室からすぐに飛んできて、
「これはウチでは無理です。すぐに総合病院へ行ってください。」
「え・・・総合病院って、例えば・・・?」
と尋ねると、いくつかの病院を教えてくれた。そのうちの1病院には行ったことがあったので、また自宅へ帰り、診察券にあった電話番号に電話した。
すると・・・
「今日は外科の救急に対応できません」
「え・・・じゃあ、私はどうすれば・・・」迷える子羊状態である。
その受付の人は、
「名古屋市の病院紹介センターへすぐに電話してください」
と、電話番号を教えてくれた。
で、紹介センターへ電話。
「ははぁ~ 特殊なケースですね。大丈夫ですよ。すぐに探します。」
と力強く答えてくださった。地獄に仏、である。
で、電話がつながったまま病院を探してくださり、国立名古屋医療研究センター(昔の国立病院)を紹介してくれた。
我が家から歩いて約15分の道のり。
歩くたびに鍼がいろんなところにぶつかって刺さるのか、ズキズキする。が、首が左右に曲げると激痛があるので車は運転できない。
トボトボと歩いて病院へ到着。
しかし・・・そこからが長かった。

医師の初見の後、レントゲンとCT撮影。ここまでで4時間。
さらに、エコー検査。ここまでで6時間。
どんどん命に影響のある患者さんが運ばれてくるので、私のような状態だと、後回しにされてしまう。仕方ないけど。
その間、首をまっすぐに立てて動かさないようにせねばならず、つくづくも、「体幹がしっかりしててよかったなぁ」と思った。身体ごと倒して水を飲み、背もたれのない椅子で背筋を伸ばしてきち~んと座り続けること、7時間。
日付が変わった午前2時すぎに、担当のER医師が、
「今日は何もできませんので帰っていいですよ」
と、のたまった。
はぁ~! 7時間も待たせたあげく、帰れだと!
首がちゃんとしてたら、私は絶対にキレてただろう。
「来週の水曜日に脳神経外科の外来に来てくださいね」
などと言う。
「このまま来週の水曜日までなんて、待てませんよ! 何とかして!」
と怒鳴った。
さすがに医師もひるんだようで、奥で相談した後、
「じゃあ、明日、皮膚科の外来に来てください」
と言った。はぁ~? 皮膚科~? 皮膚科でいいんかい! いかんだろう、普通!
私に反論されることを想定してか、すでにその手には「外来予約票」を持っている。これしか、方法はありませんよ、という感じ。
夫が病院まで迎えに来てくれたので、仕方なく、病院を後にした。

そして、金曜日。
皮膚科ではやっぱり、「ウチでは無理です」と言われました。
どうやら、鍼は皮膚の表面から深さ1センチの場所から更に首の奥に向かって刺さっているらしい。鍼の長さは4センチ。
ひえええ~ さすがにコワイ。
皮膚科の医師は慌てて、「脳神経外科へ回します!」と言い、車椅子が用意され、脳神経外科へ。
車椅子の座面がへっこむので(私の体重によって)、首がくらくらする。脳外科の待合室で車椅子を捨て、フツーの長椅子に座って待つこと2時間。
脳外科の医師はものすご~くアタマの良さそうな、優しい物言いをする先生だった。
が、結構、私を脅す。
「しびれは左腕のつけ根から左の薬指と小指ですね? もし鍼が一部でも残ると、いずれはこの2本の指は動かなくなりますよ。」
「手術中、鍼が細いので粉々になる可能性があります。その場合は一度、閉じて、来週に再手術ですよ。」
「粉々になった場合、もう一度手術するか、そのまま一生を過ごすか、決めておいてくださいね。」
もう、なんでもいいです。とりあえず、なんとかしてください。
と訴えると、
「う~ん、僕もねぇ、なんとかしたいのですが・・・こういうケースは初めてでねぇ。鉄骨が突き刺さったとか、包丁が刺さったのは経験があるんだけど、髪の毛くらいの細さの異物を取り除いた経験はなくてねぇ。」
「そんなこと言わず、先生、頑張ってください!」
と妙に先生を励ました。

とにかく一刻を争う、ということで、夕方の5時頃から手術ということになった。
私がこの手術で唯一、抵抗をしたのは、
「全身麻酔」
である。
私は26年前、脊髄からの全身麻酔で、あばら骨全部を切断して腫瘍を取り除いている。要するに、開胸手術だ。
全身麻酔だと、その後、痰を吐くのがものすごく大変なのだ。手術そのものよりも、私は「痰を吐くのがつらかった」という印象だ。だから私は、今後絶対に全身麻酔はしない!と決めていた。
が、脳外科の先生は、
「これは局所麻酔では絶対に無理です。痛くて、絶対に動いちゃいますよ。全身麻酔します。」
とにこやかに言う。
はぁ~ また痰を吐くのか~ 三日三晩、痰を吐くのはツライのだが。
ついでに先生はもっとコワイことを言った。
「あのね、頭が動かないように、左右のこめかみに穴を開けてね、ボルトで固定するからね。こめかみにも跡が残りますよ。」
いや、跡が残るのはどうでもいい。何しろ私は身体の正面に巨大なY字の手術痕がある。傷が増えたところで、もうどうでもいい。
でも・・・ボルトで留めるって・・・
「それって、フランケンシュタインみたいな感じ?」
と尋ねると、
「ええ、あんな感じです。手術の最後に外しますから、小笠原さん自身はご覧になれませんけどね」
見なくて、いい!

手術室でもさんざ、
「ああ、大きな手術してるんだね。じゃあ、慣れてるね。」
と言われた。
慣れるか、こんなもん!
でも、初めてじゃないので、手術後のイメージもわかってる。全身麻酔の後の排尿やら、体液の排出やら、痰のことやら、何ができて何ができんのかやら、結構、覚えてる。
いやはや、こういう事故に遭うのが、私でよかったかな、と思う。初めての人だったら、目の玉が飛び出るだろう。死にたくなるかもしれない。ちなみに付き添ってくれている母も、慣れている。何が必要なのか、どういう流れなのか、わかっている。
夫が当直で不在の中、てくてく歩いて、手術室へ入った。

手術室ではいろんなことがあった。
以前は脊髄からの全身麻酔だったので、順序がいろいろ違っていた。脊髄からの麻酔よりも、口からの普通の全身麻酔の方が、臨場感がある。
それについてはまた、後日。

今、私の頭はこんな感じだ。
DSC_0006.jpg

これはかなり、控えめに写してある。当直を終えた夫が病院に来て撮影してくれた。
夫は怖くて凝視できないらしい。

勇気のある方はもう1枚の写真をご覧ください。
見たくない人は、ここまででサイトを切ってくださいね。
DSC_0003.jpg

もっとエグい写真もあるのだが、まぁ、こんな感じだ。
左耳の上からまっすぐ後頭部の真ん中に向かって、そこから直角に折れて、下の襟足に向かって、頭髪が剃られている。
縫ったのは6~7センチらしいので、大手術の経験のある私からすると、大したことはない。
頭髪は、退院する時にブラシで梳かしたら、ザバっと取れた。
髪を頭のてっぺんで結んで手術に入ったので、剃られても、髪は結ばれたままだったのだ。ゴムをほどいたら、大量の頭髪が床に落ちた。
長さ1メートル近い髪なので、ものすごく大量の毛髪に見えるが、全頭髪の4分の1くらい。
母は涙ぐんでいたが、私は手術することがわかった段階で、覚悟していたから、案外、ショックはない。
そう、髪は伸びるのだ!

ただし、2年は髪をお団子にして踊ることはできないだろう。
そり跡も青々していて、血もにじんでいるので、私は見えないし平気だが、見た人はびっくりするだろうな。
しばらくは、これをカバーする方法を考えねば。
今はまだ、剃ったところも痛くてかゆいので、カワイイ手ぬぐいで鉢巻きしている。
でも、髪は伸びるのだ!
それを楽しみにしよう。

・・・というワケで、月曜のレッスンは休講です。
生徒の皆さん、ご迷惑をおかけします。
どうかご了承ください。



大曽根祭り

今週末、大曽根の商店街で大曽根祭りが開催されます。
ドゥ・ハワイ・カルチャースクールは、28日(土)午後7時30分から出演する予定ですが・・・
どうやら、台風が直撃しそう。
現時点で中止の連絡はありませんが、中止が決定され次第、出演予定の生徒さんにはご連絡いたします。

東海地方直撃だもんなぁ・・・
お祭り開催そのものが無理なような気がする。

・・・というわけで、ご出演予定の皆さんは今しばらくお待ちください!
posted by プアアカハイ at 07:20愛知 ☁Comment(0)日記

合格

昨日、合格通知が届いた。
実は、6月上旬から勉強していたのである。
今回合格したのは、
認知症介助士
という資格。
「介護士」ではなく、「介助士」だ。
食事や入浴、排泄などの日常生活の介護をするのが介護士であるのに対し、介助士は認知症の症状を理解し、認知症患者と一般社会のつなぎのお手伝いをする、というもの。
例えば、スーパーマーケットで同じ物ばかり大量に買うお客様への対応、銀行窓口で激昂し意味不明な言動を繰り返すお客様への対応、公共交通機関で行き先不明になってさまよっているお客様への対応などが専門になる。

講座では、認知症を患っているお客様にどのように対応するのかを学んだり、数種ある認知症の特徴や原因を学んだり・・・と、結構、内容は盛りだくさんだった。
父が特別養護老人ホームに入所してまもなく5年になるが、父が認知症を発症して以来、いろいろな本を読んで勉強したことが「資格」という形になったわけだ。
父が認知症を患っているおかげで(?)、既に知っている内容も多く、他の受講者よりも有利だったかもしれない。それでも、久しぶりに、教科書なる物を手にしたのには、新鮮な喜びがあった。

私の仕事で、この資格を活かせる機会は、今は少ないかもしれない。
今は。
この先はどうなるだろう。
認知症を患ったお客様がドゥ・ハワイのショップにいらっしゃるかもしれない。道に迷って、お店に入って来るかもしれない。
そして・・・
これは考えたくないのだが、生徒さんの中にもそういう症状が出てくるかもしれない。
今は、いい。
だけど、5年後、10年後、果たして、そうならない保証はないのだ。
そうなった時に、少しでもショップのお客様や生徒さん達に寄り添っていきたい、と思い、認知症介助士の勉強をしたのである。

この勉強をしたのには、もう一つの理由がある。
認知症予防を広めたいのだ。
この講座では、認知症予防に関する内容が多く含まれていた。既に知っていることも多かったが、知らないこともたくさんあった。
これから先、家族や生徒さん達が、認知症に苦しむことのないようにしたい、と考えたのだ。(苦しむのは本人よりも、その家族であることが多い)
父が認知症を患って以来、私の生活は一変した。母も、夫も。
誰もが望んで患うわけではない。しかし、周囲は本当に大変だし、患者を恨みたくなる。介護の末、殺害に至った、というニュースを見ると、本当に心が痛む。そして、私の心の中にも、それを理解できる部分があるのも事実だ。
できるものなら、認知症に苦しむ人を、少しでも減らしたい、と思っている。

勉強をしている最中、何度も思った。
「もっと早く、勉強しておけばよかったな」と。
父の症状が、いちいち、ケースに当てはまるのだ。もしあの時、こういう技術を身につけていたら、私はもっと父とうまく付き合えたかもしれない。もっとうまく対応できていたかもしれない。
それについては少し残念だ。ちょっと遅かったかな、と。

この資格が取れたから、すなわち何らかの結果がでる、というものではない。
ただ、少しでも、お客様や生徒さん達が安心してレッスンに来てもらえるようにしたい。
将来、認知症の症状が出始めても、他の生徒さん達とうまくバランスを取ったレッスンがしたい、と思っている。

そして・・・
実は、他の資格を取る勉強をしている。
認知症介助士の勉強が終盤にさしかかったところで、次の資格取得を考えた。
その資格は、今月中に最終試験を迎える。こちらも順調だ。
合格したら、またブログでお知らせするつもり。
ただでさえ忙しいのに、何やってんだ、と思わないでもないが、こういうものはやれる時にしか、やれん。大抵は、夫を早朝に送り出した後に1時間ほど勉強している。毎日は、できない。できる日に、一気に集中してやっている。義弟の通院の待ち時間とか、みよし市の市民講座の待ち時間、料理の煮込み時間なんかも利用したので、案外、勉強時間は確保できた。この調子でいけば、もう数種類の資格が取れるかもしれない。
まだまだ私の50歳の脳みそは働いてくれている。
頑張るぞ~!
posted by プアアカハイ at 21:58愛知 ☁Comment(0)日記

塩!

名古屋は猛暑である。
それは毎年のことであるが、今年はエラく、早い時期から猛暑だ。まだ夏休みに入っていないのに38度とか39度という気温。本当にカンベンしてもらいたい。

名古屋で生まれ育った私は、暑さにはかなり強い。夏バテなんぞ、ここ10年以上は感じたことがない。
そんな私だが、夫の実家で作業した帰り道は必ずと言ってよいほど、具合が悪くなる。
理由は一つ。
夫の実家には稼働できるエアコンがなかったのだ!

エアコンはある。・・・が、壊れていて、ガスが漏れ、屋外では液だれまでしている。(なんの液か、わからん)
そこに住んでいる知的障害のある義弟は元々、エアコンが嫌いなこともあり、今まで何度も、
「エアコン、付けようか?」
と尋ねても、
「いらない。具合が悪くなるから。」
と彼は答える。
しかも、エアコンに関してはもう一つ問題があった。
その壊れたエアコンはこの家の物ではないのだ。そのエアコンは、出て行った夫の次弟家族の物なのだ。その前に付いていたエアコンは夫の妹夫婦が持って行ったようだ。
人の物を勝手に撤去もできないし、義弟は要らないと言うし・・・で、今まで手を付けられなかった、という経緯なのだ。

しかし、この暑さである。
義弟は大抵、家ではじ~っとしてテレビを見ているので、扇風機だけでなんとかなっているようだが、私はこの家で作業に励んでいるのだ。隅々まで掃除し、風呂や台所、トイレを掃除し、片付けをし、洗濯を何度も繰り返す。夫は草を刈り、木を切る。当たり前だが、じ~っとしている暇なんぞ、ない。そして、どんなに水分を取っても渇きは癒えないし、汗も止まらない。
だから夫の実家での作業を終え、1時間半の帰り道の途中で気分が悪くなったりする。毎週のように軽い熱中症になっているのだ。
たとえ義弟が「エアコンはいらない」と言っても、私には必要なのだ! 夫にも必要なのだ!
・・・と義弟を説得し、エアコンを付ける運びとなった。

先週の木曜日、レッスンが終わってから電気屋さんと待ち合わせし、実家のエアコンの付いている状況、部屋の広さ、室外機の状態を見てもらった。
どうやら、現在付いている壊れたエアコンは6畳用で、部屋の大きさに全然合っていないらしい。たとえ壊れていなくても、なんの用もなさない、とのことだった。やはりガスも漏れ、配線もイカン、とのこと。たぶん、電気工事業者ではない人が付けたのではないか?と言われた。
出て行った次弟家族が、「壊れたエアコンを取りに行く」と言うとは思えない。電気屋さんには、そのエアコンの撤去処分と10畳用のお掃除ロボット付きエアコンを付けてもらうようにお願いした。

で、その新しいエアコンの設置は昨日だった。
朝8時に実家へ到着。義弟は入れ替わりで、作業所へ出かけた。
作業しやすいよう、家具を移動し、部屋を隅々まで掃除し、ついでにシーツやタオルケットも全部洗濯し、夫は草刈りをし、電気屋さんの到着を待った。
その段階で、夫も私も既に汗だくだくである。軽く頭痛までする。イカン状態だ。
何しろ、扇風機しかないのである。パワー全開にしても、タカが知れている。

電気屋さんは10時過ぎに到着し、早速作業に取りかかった。
私も夫も、特別に手伝うことはないのだけれど、作業には興味があるので、ず~っと見ていた。
見ている最中で頭がフラフラしてきた。一方、作業をしている電気屋さんは70歳近いのに、元気ハツラツである。鍛え方が違うんかなぁ。
夫がお昼ご飯を買いに出かけてくれたが、車の車外温度計は43度になっていたらしい。エアコンを付ける部屋は、直射日光が直撃するという環境だ。そこで扇風機のわずかな風を頼りに元気に作業をする電気屋さん。それを見ているだけで具合が悪くなった私と夫。反省せねば。
午後、一番暑い時間に、電気屋さんは室外機を設置した。私は、というと・・・暑さで死にそうになって、座敷で横になっていた。電気屋さんの作業を待つ間に読もうと思って持ってきた本が数冊あったが、とてもじゃないが、読む気になれん。
「小百合ちゃん、こういう感じだよ~」と電気屋さんが声を掛けてくれるが、冷静な判断もクソもあったもんじゃない。返事をするのが精一杯だ。

作業は午後3時に終了。
電気屋さんは元気に帰って行った。
私と夫は、とりあえず近くの喫茶店へ行き、かき氷を食べた。
夫も私も、工事前・工事後の作業しかしていないのに、本当にヨレヨレになった。
午後4時過ぎに義弟が帰宅した。
涼しい部屋に、にこ~っと笑っていた。
良かった、良かった。
「とにかく、勝手に触るな。エアコンを切るな。」と教え、私たちは夕方のラッシュに巻き込まれながら帰宅した。
帰宅して、汗だくのシャツを着替えようとした時・・・
ビックリした。
Tシャツの中に着ていた、ユニ○ロの黒い下着が、真っ白になっている!
汗の流れや、汗の貯まった場所が、一目瞭然である。
これは・・・塩???
とにかく、背中やゴムの当たる場所がかゆくてたまらない。
汗のかきすぎである。

着ていた物がシオシオしたのは、初めての経験だ。
全身の水分が入れ替わったような気がした。
そして、心なしか、顔が一回り小さくなったような気がする。夫にいたっては、しおれている。
「痩せたのか???」と思ったが、今朝、鏡をのぞくと、いつもの顔の大きさに戻っている。
そう、一瞬、水分が失われただけのことだったのだ。
・・・残念。

義弟は快適な夜を過ごしたことだろう。
涼しければ、食べられるし、眠れる。
一緒に住んでいないだけに、「生きてるか?」と夫が何度も彼に電話をしていたが、これからは「エアコン、ちゃんと使ってるか?」という電話になりそうだ。
義弟が喜んでくれれば何よりだ。
私も・・・これで快適な作業に臨めそうである。
posted by プアアカハイ at 09:32愛知 🌁Comment(0)日記

生まれて初めて・・・

先週の金曜日の早朝のことである。
このトシにして、初めて経験した。
足がつった
のである・・・。
よく、夫や母が、「足がつった!」とのたうち回っているのは目にしていたが、自分も経験することになろうとは思わなかった。
生まれて初めての、「足つり経験」だ。
あんなに痛いもんだとは、全然知らなかった。

以前、整形外科の看護師をされていた生徒さんから、
「足がつった時は、ドライヤーでとりあえず温めてください」
と聞いたことがあった。
・・・が、ドライヤーのあるドレッサーまで行けん。
というか、息もできん。

「くあああぁぁぁぁ~」
とのたうち回っているうちに、夫が目を覚ました。
「どうした?」
「足、足、あ~し~!」
「ああ、つったんか~」
「どうにかして~!」
「辛抱するしかないぞ」
・・・夫は経験者のせいか、冷静である。
とにかく、地球がひっくり返るくらいの痛みだった。
昔、手術する前に脊髄に針を刺したことがある。アレも相当、痛かったが、足がつるのも同じくらい痛かった。

朝、夫と母が揃って、「アンタもトシだわ~」と言った。
そうなのか? 足がつるのは加齢のせいなのか???
直美先生曰く、「私は学生の頃からつった」らしい。ドゥのボス菅原は、「足がつるなんて、しょっちゅうだ」と言う。
そうなのか・・・
加齢のせいなのかどうかはわからんが、結構たくさんの人が経験していることなんだなぁ。
私は生まれて初めての経験で、大パニックになってしまったが、案外、あることなんだなぁ。

金曜につった右足のふくらはぎは今でもオカシイ。
普通に歩くのも、フラを踊るのも平気だが(実際、日曜にはクムのワークを受けている)、階段の上り下りがどうにも難しい。東京駅では大きな荷物もあったので、階段の下りでは死ぬかと思った。
東京駅にはたくさんの人が溢れていて、行き交う人を眺めながら、
「ああ・・・この中で、私のような痛みを抱えている人はどれくらいいるんだろう・・・」
などと考えてしまった。もはや、被害妄想気味である・・・。

今も痛いには痛いのだが、普通に生活はできている。
少しずつ、良くなっているような気配もある。(と、思いたい)
とりあえず、今日は湿布薬を買って補充しておこう。足がつって以来、夫のロキ○ニン湿布を勝手に拝借しているのだ。
湿布が効いているのかどうかもわからんが、一応の「気安め」にはなっていると思う。
湿布も長期間貼っているとかゆくなる。かぶれる前に治ってくれるといいなぁ。

posted by プアアカハイ at 10:01愛知 ☁Comment(0)日記