第1回フラ祭りin三重 満員御礼!

昨日は第1回フラ祭りin三重が四日市で開催されました。
三重県内の10教室がご参加くださいました。
鑑賞券も前日に完売。客席は満席となりました。

このイベントはソロステージもお楽しみいただける、ドゥ・ハワイとしては初めての試みとなりました。
第一部ではグループのフラ、
第二部では生徒さんによるソロ、
第三部では先生によるソロ
で、全48演目という長丁場となりましたが、ソロも楽しめるということもあり、最後まで客席は一杯でした。
ご来場くださいました皆様、ありがとうございました!

私はMCだったので、舞台袖で、全部のフラを見ることができました。
どの教室も、本当によく練習してきているな~と思いました。
多くのイベントが目白押しで行われる大都市の「流れ作業的イベント」と違い、それぞれの教室がよくよく練習を重ね、ステージの出入りもとてもスムーズでした。
48曲もあったのですが、時間が押すこともなく、とてもスムーズな進行となりました。
ご協力くださいました先生方と出演者の皆様には心から感謝しています。

ドゥ・ハワイは名古屋の会社で、三重県内に大きなお付き合いがあるわけではないのですが、本当に多くの先生方がご協力くださり、多くの生徒さんがご参加くださり、盛大なイベントとなりました。
また来年もできるといいなぁ・・・。



第1回フラ祭りin三重

7月17日(月・祝)に三重県四日市で、第一回フラ祭りin三重が開催されます。
今日、そのプログラムを見せていただきました。
こんなに素敵なプログラムです。
フラ祭り.jpg

三重県で活躍されているフラ教室が多数出演します。
また、初めての試みで、ソロの演目だけを集めた時間もあります。
お時間のある方はぜひおいでください!
私も当日はMCで参加します。(踊りません)
鑑賞券は残りわずかのようです。
詳細はこちら→ Do Hawaii フラ祭り
多くの方々のご来場をお待ちしております!

気分転換

昨日は義弟の通院だった。
ここんとこ、なんだか「誰かの通院」ばっかである。
父の通院でぐったり疲れたのだが、昨日はよい気分転換になった。

義弟の住む夫の実家まで、車で1時間ちょい。
これが結構な気分転換なのだ。
昨日、義弟に運んだおかずはこんな感じ。
おかず2017.7.jpg

左上から、豚のカレーピカタ2枚、小松菜とジャコと椎茸の中華炒め、きんぴらごぼう、昆布とジャコとごまのふりかけ。
左下から、ナスのピリ辛味噌炒め、はんぺんの煮物、タマネギ入り豚の生姜焼き。
月曜のレッスンを終えて、慌てて作った。
ちなみに、きんぴらごぼうは母が作っておいてくれた。

この時期は、食べ物が傷みやすい。
そして、食欲もわかない。
全部のおかずの味が重ならないよう(だしベース味、カレー味、中華味、味噌味、ショウガ味、ごま味)、工夫するのが案外大変だ。1品作っては調理道具を全部洗い、また全部洗い・・・を繰り返す。
面倒くさいと言えば、面倒なのだが、無心になって料理をするのは、私にとってよい気分転換だ。

人によって、気分転換の方法は違う。
私の場合は、「何も考えず、ひたすら身体を使う」というのが一番合っている。
そして、嬉しそうな義弟の顔を(「これでしばらく、自分で作らなくていい!」という喜び)見ると、私も嬉しくなる。
口に合っているかどうかはわからんが、いつも全部の保存容器がきれいに洗われている。好き嫌いもない。
たまに、「アレが美味しかった」「コレはどうやって作るの?」と言ったりする。知的障害があるので、作り方を説明しても今一歩、わかってくれないのだが、やる気は出てきたようだ。

通院を済ませ、そのまま床屋とボウリングへ行き(義弟はボウリングが大好き)、買い物をして、義弟を実家へ送り届けた。
義弟の役所関係の書類手続きを済ませてから、慌てて帰宅し、次は夫の鍼治療。
鍼が終わると、父の施設へ書類を届けに行って、ようやく帰宅。
なんだか・・・ハードだったなぁ。
でも、まさに、「何も考えず、ひたすら身体を使う」だったので、身体は疲労しているが、ストレスはない。
おかげで今朝も、気持ちがすっきりしている。

今日はみよし市の市民講座最終日。
難しい曲で4番まである課題曲だったけれど、ちゃんと最後まで来た。皆さん、本当によく復習していらっしゃるし、熱心に練習されている。嬉しいなぁ。
最終日の今日は、最後のポーズのおさらいと、恒例の「舞台ごっこ」をする。
私も最後に1曲踊る。
10回の講座だったが、全員が最後までマスターできた。成果もさることながら、皆さんが楽しんでくださっているのが一番だ。
またいつか、みよし市のお呼びがかかれば、ぜひ行きたい所だ。
私自身も、楽しい講座だったなぁ。

posted by プアアカハイ at 07:35愛知 ☁Comment(0)日記

散々な週末

いやはや・・・この週末は本当にこたえた。
こんなに重なるもんなんだな、と。

金曜日。
この日は父の通院があり、夫がそれの手伝いに仕事を休んでくれた。
・・・が、朝起きてすぐにその夫がぎっくり腰に。なんで、こんな日に・・・。
私はレッスンを済ませ、夕方に帰宅した。
夫はまだ苦しんでいた。
「お父さんの通院は私がいつもどおり一人で行くから、いいよ」
と行ったが、
「いや、絶対に行く」
と夫。
最近の父は、「ここで待っててね」と言って車を持ってくる間に、車椅子でうろうろしてしまい、じっとしていることができない。お尻を上げることが困難で、車に乗せる時はほとんど私が抱えて乗せなければならない。・・・かなり骨の折れる状況なのだ。

「せめて、運転ぐらいは」
と夫は言い、施設へ向かった。
父はトイレを済ませ、出かける準備も整い、車に乗せる。私がお尻を持ち上げ、なんとか後部座席に乗せた。介護用のバーを車に付けてあるので、そこに手をかけると簡単に乗れるようになっているのだが、父はなぜかそのバーにはつかまらない。
「ここをつかんで~」と何度言っても、知らん顔をしている。
仕方がないので、結局は私の人力で乗せた。
車椅子をハッチバックのドアを開けて載せる。夫は腰が痛むので、ハッチバックのドアの取っ手に手をかけることができない・・・。当然、車椅子も持ち上げられない。本当に、運転だけ、なのだ。トホホ・・・

医院までは約50分。
ずっと、高速で「ん・ん・ん」を連発している。
ず~っと、「ん・ん・ん」と言い続けているのだ。
私がいろいろ話しかけるのだが、ほぼ無反応で、たまに答えても、意味不明だった。
なんか・・・またちょっと、進んでる感じがした。

医院に到着し、父を下ろそうとしたら、拒否した。
「お父さん、病院に着いたからね、ここで降りるんだよ」
と何度も言ったが、状況がよくわからない様子だった。そして、私が何を言っているのかがわからないようだった。
仕方なく、父の足と腰を抱えて、車の外に足を出し、車椅子を横付けし、滑り降りるように車椅子に座らせた。

最近の父は、言葉が出てこない。
だから、身振り手振りばかりしている。そして、それも意味不明なのだ。
親子なので、言いたいことは大体わかるのだが、それ自体が意味不明で、まったく話がつながらない。
待合室でも、腕を大きく振り回して、何かを言っているのだが、それ自身が意味を持たない。かなり腕を振り回し、いろいろな物を指さしていた。私が診察券などを出している最中、他の患者さんに腕が当たらないように、夫が車椅子を押さえていてくれた。これだけでも、ずいぶん助かった。いつもは、父の振り回す腕を横目で見ながら、時にはそれを一旦押さえたりしながら、慌てて受付をしているのだ。

診察で、
「ここに手をついて、立ってみてください」
と先生に言われた。
しかし、父は相変わらず、腕を振り回し、指でいろいろな物を指して、全然先生の話が耳に入っていないようだった。
・・・どうやら・・・
父は、「言葉をうまく理解できていない」ようだった。
先月はそんなことはなかった。
「車から降りるよ」と言えば、それを理解していたし、先生から握力計を渡されれば、それを握った。
しかし、この日は、誰が何を言っても、その意味を理解していなかった。
父に何度も、
「お父さん、ここに手をついてね」
と言っても、腕を振り回すばかり。
私が父の手首を持ち、台の上に手を置かせた。
「立ち上がるんだよ」
と言っても、きょろきょろしている。
私が父の腰を両手で支え、なんとか立ち上がらせる。一旦、立ち上がると、一応はそれをキープできた。
「あ、一応は立っていられますね。じゃあ、座りましょう。」
と先生は言ったが、またもやその意味がわかっていない。
父の腰を持ち、また車椅子に座らせた。
次は血圧測定。
だが父は、腕を振り回し続け、血圧計の腕カバーをつけても、じっとしていられなかった。私と看護師さんでその腕を押さえ込んだが、お構いなしに振り回そうとする。口では何かをモゴモゴ言っているのだが、まったく意味不明だった。結局、何回かトライしたが、血圧を測ることができなかった。こんなことは初めてである。

「先生、父はなんだか、私の言っている言葉が理解できていないようなんです」
と先生に言った。
「これは失語症ですねぇ」
と言われた。
私もそう思う。
元々、言っていることは意味不明なのだが、言葉そのものを発することができていない。
そして、こちらが言っている言葉を理解していない。

医院の帰り道、夕飯を食べた。
父はその日は珍しく、お箸が使えていた。
そして、トンカツとトロロの麦飯を完食した。
私と一緒で、父は歯が丈夫なのだ。今でも全部、自分の歯だ。
「美味しかったねぇ」
と帰りの車の中で話しかけたが、父は車窓から見えるビルの階数を「いち、にい、さん、しい」と指さして数えていた。

施設に到着し、夫が父の車椅子を押さえていてくれている間に、慌てて受付で診察券を返し、次の通院の届け出をした。
いつもは、車椅子で父を置いたままだと、外へ出て行こうとしてしまう。
ぎっくり腰だろうとも・・・夫が一緒に来てくれたのは、本当に助かった。

そして、自宅への帰り道。
「なぁ、いつも、これをひとりでやってるんだろう?」
と夫。
「そうだよ」
「アレはさぁ、大変だぞ~ 一人では無理な段階だと思うがなぁ」
「いや、いざとなったら、訪問看護師さんか施設のスタッフに頼んで、別料金で付き添いをお願いするよ」
「そんなこと、できんかもしれんが」
確かに。
付き添いをしてくれるオプションのある有料ホームと違って、父が住んでいるのは特養だ。やってもらえないかもしれない。
・・・いよいよ、私一人では難しくなってきている。

ぐったり疲れて帰宅した。
夫のぎっくり腰はますますヒドイ。
結局、夫はその後、土曜も日曜も鍼治療へ行き、おとなしく寝ていた。
私は・・・
父の様子に、思っていた以上にショックだったのか、土曜も日曜も激しい頭痛と吐き気に襲われ、寝込んでしまった。
・・・何もできなかった週末。

今朝は頭痛も吐き気も治まっている。
夫は杖をついているので、駅まで車で送った。
私も今日はレッスンだ。
散々な週末だったが、それでも日常生活は待ってはくれない。
明日は義弟の通院がある。今日は帰宅したら、義弟に持っていくおかず作りが私を待っている。
なんだか・・・ハードだなぁ。

posted by プアアカハイ at 08:11愛知 ☁Comment(0)日記

人生初コインランドリー

いやはや、朝っぱらから、往生こいた。(非常に困った、の意の名古屋弁)
洗濯機が壊れたのである。
昨日までは、なんともなかった。
しかし・・・家電製品が壊れるというのは、こういうもんなんだろうなぁ。ある時、突然壊れるのだ。

「洗い」と「すすぎ」はできる。
しかし、脱水ができない。
いろいろ実験したが、脱水に入ると、途端に底部の回る丸い板(?)が回らなくなるのだ。
こんな梅雨の時期で、ついでに台風まで来ているのに、ビッタビタのままの洗濯物を干すことはできない。風呂場に干したところで、絶対に乾かない。せいぜい、水が下に落ちるくらいなもので、乾くというのとは違う。

う~ん、どうしたものか。
洗濯機は修理するなり、新しい物を買うなりすればよいのだが、洗濯機の中でビッタビタのままになっているこの洗濯物をどうしたらいいんだろう。
とりあえず、コインランドリーで洗うことにした。

調べてみると、案外近くにコインランドリーがあることがわかった。
今まではコインランドリーには縁がなかったので、行ったこともないし、使ったこともない。
どうやって使うんだろう・・・
わかるかしらん・・・
と思いつつ、ビッタビタの洗濯物を巨大なビニール袋に入れた。
コインランドリーでは100円玉がたくさん必要になる、というのは、以前、小説で読んで知っていたので、家中の100円玉をかき集め、いざ、コインランドリーへ。
人生初のコインランドリー体験である。

行ってみたら、案外、利用はされていた。使用中の洗濯機だらけだった。
そして、空いている洗濯機の前へ。
目の前に、使い方を図解した看板と、値段の表が掲げられていた。これなら、わかる。
洗濯機の蓋を開け、ビッタビタの洗濯物を中に入れた。
蓋を閉め、「家庭用普通洗濯物」のモードを選択した。(布団モードとか、毛布モードなんかがあった)
表にある金額の100円玉を入れると、勝手に洗濯機が動き出した。
洗剤は???
と思ったら、自然に泡がぶくぶくと出て洗濯物を洗っていた。
どうやら・・・洗剤は内蔵されているらしい。よく見たら、柔軟剤を入れてくれるオプションがあった。
なるほど。
今はコインランドリーには、洗濯物と100円玉をたくさん持って行けばいいのだなぁ。

帰宅すると、我が家に出入りしている電気屋さんが来ていた。
見てくれたが、修理は不可能な箇所だった。
結果、洗濯機は新調することになった。
どんなのでもいいし、なんでもいい。
とにかく、1日も早く、新しい洗濯機が欲しい。
・・・じゃないと、この忙しい中、コインランドリー通いまでしなければならない。
かなわんなぁ・・・

電化製品というのは、突然壊れる。
次は何が壊れるんだろう・・・
怖いなぁ。



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