母の主治医探し

父の七七日(しじゅうくにち)法要も納骨も無事に済み、父の諸手続もほぼほぼ完了し、平穏を取り戻しつつある。
自宅からは父のお骨、中陰台、お位牌もなくなり、余分に用意していた会葬御礼の祖供養品や満中陰志の品もなくなった。我が家は10年くらい前に仏壇終いをしているので、仏壇もない。家の中に父の片鱗がなくなってしまい、少し寂しいような気もする。
今は、サイドボードの上に父の写真を飾っていて、たまにお線香を上げている。命日にはお経をまた3人で詠むつもりだ。

・・・という、平常に戻りつつある。
私は先々週に疲れがどっと出て、体調が思わしくなかったが、今ではそれも落ち着いている。
しかし母は、今が最高潮(?)に具合がよろしくない。
どうやら、ちゃんと眠れないようなのだ。
元々、母は難病認定患者である。(父もそうだった)
難病に関しては、母は父よりも先輩なのだ。
母の患っている病気は、サルコイドーシスという、珍しい病だ。
国内に1000人くらいしか、罹患していない。
免疫不全の病気で、普通には暮らせるが、免疫がないので風邪を引いたりするとエライことになる。
見た目は普通。足腰に問題があるわけでもない。要するに、「見ても、わからん」という感じだ。
ただし、この病の症状で、身体の中のカルシウムが血液中に溶けていってしまうので、ひどい骨粗鬆症である。この病にはいろいろな症状が出るので、「えっ こんな症状もサルコイドーシスのせいなの?」ということが多い。
鬱になったり、不眠になることも、この病のせいなのである。

母は毎週、骨粗鬆症の治療のため、難病認定医の医院で注射を受けている。そして、びっくりする量の薬を出してもらっている。
なんと! 注射以外に、13種類の薬を飲んでいるのだ。
よく、間違えんもんだな~と感心するのだが、きちんと自分で管理して飲んでいる。そして医院へも自転車に乗って1人で通っている。
父と違って、アタマがしっかりしているので、私も助かっている。
昨日もイソイソと支度をし、通院に出かけていった。
注射の副作用があるので、昨日はゆっくり過ごしていた。
そして、今朝。
もう、主治医の医院へは行きたくない、と言い出した。

よくよく聞いてみると・・・
先生の説明が得られない
というのが理由のようだった。
母が今、取り組んでいるのは、骨粗鬆症の注射。毎週1回、合計104回受けるというものだ。2年以上かかる計算になる。
この注射は副作用がものすごくひどい。人によって違うのだろうが、母の場合は頭痛と吐き気とめまい。それが毎週、注射の後で8時間ぐらい続く。かなりツライだろうと思われる。
その、ツラ~イ注射を61回まで、受けた。残りは約半分だ。
その注射は時々、今の状態を診るために、検査が行われる。母は先月、その検査をしてもらった。
ところが。
先生は検査結果を教えてくれないのだ。元々、その先生は、検査の結果については、こちらから尋ねない限り、教えてくれない。
診察中はずっとパソコンの画面の電子カルテから目を離さず、一度も患者の方を向かない。だから、検査結果を知りたくても、聞けるような雰囲気ではないのだ。
それでも母は、
「先生、先月の検査の結果はどうだったのでしょうか」
と尋ねた。一度も患者の方を見ない先生に尋ねるのは、勇気の要ったことだろう、と思う。
先生は、
「ああ、変わらんよ、全然」
と答えたらしい。
ツラ~イ注射を61回も受けて、全然変わらない???
なんのために、注射をしているの???
効果のないもののために、毎週通って、そのたびに副作用に悩まされているのか???
と、母はどよよ~んと落ち込んでしまった。

「効果もないのに、私、あんなにツライ副作用に苦しむのは、もうイヤだ」
と母は言った。
そりゃ、そうだろう。
きっと、効果が全然ないわけじゃない、と思うのだけれど、先生の説明がその程度しかしてもらえないので、母は納得できないのだ。もちろん、私も。
その医院はとにかく、いつ行っても、満員御礼で、待合室は座れない状態だ。先生は忙しい。なかなか、患者の質問にも答える時間もないのだろう・・・とは、思う。
・・・でも、なぁ。
75歳の後期高齢者の母に、ちゃんとした説明もせず、「全然、効果ないよ」と言うってのは、どうかと思う。
母の鬱がどんどんひどくなってゆくではないか。

早速、母の難病を診てくれる医院を探した。
厚労省認定の難病指定医で、自宅から近くて、評判の良い医院って、どこだ?
とりあえず、母の骨粗鬆症については、その医院では見つけてくれなかった圧迫骨折を見事発見し、治療してくれた整形外科にかかることして、母を連れて出かけた。
その整形外科でも、104回注射をやっているので、その注射を打ったことによる母の状態を詳しく診てもらった。
その整形外科の先生は、母にもよくわかるように、とても丁寧に説明してくれた。検査もすぐにしてくれて、効果が出ていることも示してくれた。そう、少々ではあるが、母の骨密度は増していたのだ。そして副作用がひどすぎるので、他の注射に替えることもできますよ、と提案してくれた。
「今は新しい良い注射があるからね、104回注射の副作用で苦しんでいる人がこの新しい注射に替えているケースが多いですよ。」
と言い、今までの104回注射との違いや副作用の違いについても説明してくれた。どうやら、その新しい注射は月1回で合計12回のもので、副作用はほとんど見られないらしい。もちろん、個人差はあるだろうが。・・・ということも説明してくれた。
金額のこともちゃんと説明してくれた。私がいろいろ質問する前に、ちゃ~んと不足なく説明してくれた。
その上で、
「どちらを選ぶのかは、あなたが決めていいんですよ。全部やめてしまっても、あなたの意思を尊重します。どうされますか?」
と聞いてくれた。
「先生っ 私、その注射に替えます! この医院へ通います!」
と、母は即答した。

会計を待っている間、母は、
「あんなにしっかり説明してくれて、嬉しかった。」
「この病院なら信頼できる」
「12回なら、頑張れる」
と言い、みるみる元気を取り戻した。
いやはや・・・良かった。整形外科の先生には感謝感謝である。
こういうのが、本当のインフォームド・コンセントなんだなぁ、と私も実感した。
ちゃんと不足なく説明した上で、患者の合意を得る。
人によって説明が大変だったりするのだろうけれど、医院が忙しくて時間が取りにくいのだろうけれど、患者としてはちゃんと説明して欲しいし、質問もしたい。アメリカなんかじゃ、こんなの当たり前なのだろうけど、日本の医院ではまだインフォームド・コンセントが未発達だ。確立している日本の医院は多くない、と思う。

帰りの車の中・・・
「難病の方も、他の医院にしたい?」
と母に尋ねた。
母は、今までの主治医の医院に行くのはイヤだ、と言った。
不信感というヤツは、一度心に芽生えると、なかなか払拭できないものだ。私も、母を今までの医院へ通わせたくなかった。
とはいえ。
母の難病を診てくれる医院を探すというのは、結構ホネが折れる。何しろ、珍しい病だ。診てくれる医院は本当に少ない。
少ないには少ないが、近所に他にないわけじゃない。
もしも何かあったら・・・と前から目星をつけておいた医院へそのまま母を連れて行った。
その医院は、訪問診療の方が主の医院だ。外来は午前中しか、やっていない。午後は訪問診療になっている。
もしも母が難病の症状で、医院へ通えなくなった場合、連れて行くのが不可能な症状になった場合に備えて、一応、目星はつけてあった。もしもの時はこの医院にお願いしよう、この医院にお願いして往診してもらおう、と考えてはいたのだ。その医院は難病指定医でもあるので、母の病気も診てくれるだろう・・・と思っていた。

医院へ入ると・・・
ガラガラ
だった。こんなにすいている医院は、ここ数年、見たことがない。
この医院は訪問診療専門で、自分で通える人しか、外来診療に来ない。将来的に訪問診療に切り替わるだろう・・・という高齢者に門戸を開いている医院だ。ほとんどの患者は基本的には訪問診療なので、外来はすいている、という具合らしい。
平日の午後や土曜は外来をやっていないので、働いている世代や子供は通えない医院だ。要するに・・・高齢者専門のような感じだ。
受付の横の掲示板には、各種診断書の値段がきちんと表示されている。う~ん、これは信頼できそう。
少し待っていると、看護士さんが血圧を測りに来てくれて、そのまま診察室に呼ばれた。
先生は私よりちょこっと年上な感じの女性の先生だった。
先生は母の病状についてしっかり聞いてくれた。ついでに父が亡くなったことによる鬱の話もよ~く聞いてくれた。母はそもそも、「時系列に従って説明する」ということが苦手だ。ドラマのあらすじの説明なんぞ、さっぱりわからん。どんどん話が横道に反れていくのを私が時々修正しつつ、説明したのだが、それでも先生は最後まできちんと時間をかけて聞いてくれた。
そして、
「医療情報提供書を前の医院でもらってきてください。こちらでちゃんと引き継いで、治療しましょう」
と言ってくださった。ありがたい。
善は急げ、と、今まで通っていた医院へそのまま行って、医療情報提供書を書いてもらうよう依頼した。

難病患者は、通える病院が限られている。
探すのに苦労している人は多いだろう、と思う。
たまたま運良く、母の難病も診てくれる難病指定医の整形外科と内科が見つかったが、モタモタしているといつまで経っても病院が決まらない。病院が決まらないと薬がもらえない。やむを得ず、今までの医院へ通わねばならなくなる。
命に関わることは、何事も早く進めるべきだ、と痛感した。

私は持病と言える持病もないので、今まであまり感じてはいなかったが、「お医者さんの説明不足」というのがいかに患者を不安にさせるものなのか、実感した。
そういえば、以前テレビで、「病院へのクレームの第1位は医師の説明不足」と言っていたなぁ。なるほど。
主治医を替えるのは勇気が要る。
でも、自分の身体を診てもらう医師はちゃんと選びたい。
母は整形外科の先生も内科の先生も、とても気に入っていた。しばらく、母との相性をみることにしよう、と思う。


posted by プアアカハイ at 21:10愛知 ☁Comment(0)日記

継続は力なり

父が亡くなって五七日(35日)が過ぎた。
今週末には、5日早いが七七日(49日)法要と納骨をする。
あっという間であった。

以前にも書いたが、父の葬儀後、毎晩、母と夫と3人でお経を詠んでいる。
最初の頃はド下手なコーラス状態で、誰の音程が正しいんだかわからん感じだった。それぞれが、「私(ワシ)の音程こそが正しいに決まってる!」とばかりに、大きな声で詠んでいた。時には音程がフラフラな感じになったり、ヘンなところで息継ぎしたりしていた。
それがここ数日、3人のお経が揃ってきたのである。

「継続は力なり、だねぇ」
と母は言う。
本当にそうだ、と思う。
あんなにバラバラだったお経が、良い感じに揃ってきている。誰かが息継ぎしている間は誰かがカバーしている。
下手くそでも、毎晩詠んでいると、なかなか良いコーラスになるもんなんだなぁ。

毎晩欠かさず(1日も欠かしていない)詠んでいると、お経も段々思い出してくる。
ソラで詠める部分が増えてくる。
最近は、そのお経の文言の内容に興味が出てきた。
1行で7文字なのだが、文法的には日本語と中国語の間くらいな感じだ。
地名なんかも出てきたり、仏様の名前もいろいろ出てくる。
もちろん、ちゃんと勉強したわけではないし、解説本を読んだわけでもないから、なんとなく~の域を超えないが、なかなか興味深い内容になっている。

私は仏教をちゃんと学んだことはないので、「そもそものところ」というのはわからない。ただ、一時期、仏像見学に凝っていた頃があった。実は仏像の写真集や解説本はかなり持っている。
これを機会に、お経の解説本というものがあるならば、読んでみたいなぁ、と思っている。
でも、そういうの、あるんだろうか。
明日はオフだ。父の用事もほぼ完了し、ようやく自分の時間が少し持てる。
本屋さんへ行って、探してみようかなぁ。
posted by プアアカハイ at 20:34愛知 ☔Comment(0)日記

義弟のボーリング大会

今日は知的障がいのある義弟が通う作業所ボーリング大会だった。
これは年1回開催される大会で、義弟だけでなく、作業所に通う利用者さん達みんなが楽しみにしている行事だ。
毎年、この大会に向けて、私と夫は義弟を連れてボーリング場に足繁く通っては練習している。

参加者は70人くらい。
作業所に通っている全員が参加するわけではない。中には、大勢の人々と行動を共にすることが苦手な利用者さんもいるし、行事に参加することが難しい利用者さんもいる。それでも毎年、盛況だ。
義弟は作業所にお世話になってからずっと毎年、この大会に参加している。
なぜなら・・・義弟はビックリするほど、ボーリングが上手いのだ。

前にもこのブログで紹介したことがあるが、義弟は驚くような投げ方をするのに、スコアがすこぶる良い。
まず、ボーリングの玉を両手でがっしりとつかむ。この時、ちゃんと右手の指は正しく玉の穴に入れている。身体が小さく非力なので、片手で持つのが重すぎるため、両手でつかんでいるのだ。
そして、だだだだ~っと玉を持ってライン近くまで走る。
で、なぜか、ラインでピタッと止まる。(なんのために走ってきたのか?と思わないでもないが)
そして、補助に添えていた左手をはずし、右手1本で玉を持ち、ブンっと腕を振る。
玉から指が抜け、玉はゴトンっという音を立てて、レーンに落ちる。
玉はおそろしく回転しながらレーン右端を走って行く。(案外、玉のスピードは速い)
ピンから1メートル手前で、玉は急にぐぐぐっと左に曲がり、ピンにつっこんでいく。
これで、8~9本は倒す。
連続でストライクを取るのも珍しくないし、スペアも1ゲームで3回くらいは取ってしまう。
・・・となると、気になるのはスコアだが、彼のアベレージは130近い。
今日も1ゲーム目で151点、2ゲーム目で107点を取っている。
ちなみに保護者として参加した夫は168点と128点で、兄としての面目を保った。

そして今日の大会の結果だが・・・
優勝しちゃったのだ!
いや、見事、見事! である。
今日の義弟は、夫の監督があるせいか、最後までちゃんと集中できていた。
ライン近くで立ち止まり、「う~ん、う~ん」と言って考えながら、一生懸命、投げた。
投げた後は、大股開きで立ったまま、玉の行き先を確認していた。ストライクやスペアを取ると、にこっと笑って振り返り、ハイタッチした。
「この点数なら、優勝しちゃうかもしれんよ」
と私が言うと、
「そうかな~ 上手い人が一杯いるから、わからないよ」
などと謙遜していたが、点数発表の時にはソワソワし、名前を呼ばれてもいないのに立ち上がったりしていた。
そして最後に、「優勝!」と名前を呼ばれた義弟は小躍りしながら商品のお菓子を受け取った。
文郎優勝.jpg

お菓子で顔を隠しているが、義弟は兄である夫とそっくりだ。

2位とは4ピン差だった。
義弟は、
「危なかったね。また練習しないとイカンね。」
と言っていた。
義弟はボーリングが大好きだ。ボーリングを始めてから、背中や腕にも筋肉がついてきて、少しがっしりしてきた。
義弟のような障がいがあると、中々スポーツは楽しめないのだが、ボーリングは楽しめる。
また義弟を連れてボーリングへ行こう。
今日は私は他の利用者さんのお世話があって投げていないが、また義弟と対決せねば。
しかしこれが、なかなか義弟に勝てないのである。
いつも、義弟とはいい勝負になる。
今日の優勝で気をよくして、義弟はもっと上手になっちゃうかもしれないなぁ。