そして押し寄せる「日常」

父が亡くなって1週間が経つ。
そもそも、私は忙しい。これはほとんどの主婦がそうだと思うが・・・
フラの仕事、知的障害のある義弟の世話、「日常」の家事。
元々が、いわば、
いっぱい いっぱい(たぶん、標準語)
の感じだった。
そこへもってきて、父がこのタイミングで亡くなってしまった。
じゃあ、どんなタイミングなら良かったのか、と問われると、返す言葉がない。

世帯主が亡くなる、というのは案外、大変なのだ。
私は既に夫の父を亡くしていて、その諸手続については経験済みである。
しかし、その全部を自分1人でやる、というのは、これまた結構大変なのだ。
父が長患いだったためか、「アレとコレをやって・・・」という心づもりはそれなりにできていた。優先順位もイメージできていた。
だが、私は忘れていたのである!
手続きというものは、常に「相手」がいる、ということを。
「相手」がある、ということは、相手の都合に合わせることになる。だからして、無駄に時間がかかってしまう。

父は後期高齢者健康保険だけでなく、介護保険も使っていたし、特定疾患(難病)の認定も受けていた。ついでに高額医療の補助も受けていた。それを全部お返しし、解除してもらうのに、たっぷり3時間もかかってしまった。世帯主である父が支払っていた母の健康保険なんかも全部口座変更をしなければならない。
父が払っていた母の生命保険も口座変更した。
電気やガスなどライフラインの名義変更、火災保険の契約者変更、施設の撤収、挨拶状の送付なんてのもある。
・・・世帯主が亡くなるというのは、大変なんだなぁ。
葬儀屋さんとの面会、司法書士さんとの面会、保険屋さんとの面会、年金事務所などなど、来週もビッシリとその用事が詰まっている。
まったく、何をやっているのかもわからないくらい、多忙だ。

・・・の最中にも、「日常」がある。
朝は夫のお弁当を作る必要があるし、お葬式が終わって2日後には義弟の通院があった。木曜日からはレッスンも再開している。
ああ・・・こんなに忙しいのに・・・「日常」というヤツは待ってくれない・・・
生きてりゃ、洗濯も必要だし、ご飯も食べる。仕事もする。そういう「日常」は、どんなに忙しかろうと、やらねばならんのだ。
ああ・・・私に押し寄せてくる「日常」。

大概のことはやれる目処がついたが、まだまだ手をつけていないこともある。
「日常」をやりながら、アレもコレも、というのは、予想以上に大変だ。
ちゃんと優先順位をつけて、効率よく作業せねば。
経験者の生徒さん達は、「半年はかかりますよ~」と言っていた。確かに、夫の父の時も半年くらいかかった。
この「フラのシーズン」中に、半年というのはカンベンしてもらいたい。
なんとか、1日も早く作業を進めたいものだ。

なんだか・・・ちょっとお疲れモードではあるのだが、まだまだ頑張れる。
明日も、「土曜日曜でもできる仕事」というヤツが待っている。
今夜は久しぶりに早く寝よう!


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