父は上機嫌

昨日、父は5年に及ぶ特別養護老人ホームを退所し、医療系有料老人ホームに入居した。
怒濤のお引っ越しであった。
当日は早朝から、弟と待ち合わせ、荷物を新しい老人ホームに搬入した。荷物は整理してあったし、キャスター付きの物しかないので、大したことはない。が、ハンガーラックとかベッド用テーブルとか、カサのある物ばかりで、1台の車では運べない。弟に助けてもらえて良かった。

そして、午後に父と車椅子を車に載せ、特別養護老人ホームを出発した。
介護スタッフの中には泣いてくださる方もいらっしゃった。
父は、いつもはしないことなのに、手をバイバ~イと振っていた。もうここへは帰ってこないことを、わかっているのかもしれない。
介護スタッフ、看護士さん、栄養士さんに見送られ、車に乗ること30分で新しい施設に到着。
父は相変わらず、車から降りるときは、イヤイヤ~をするので苦労したが、施設のスタッフの助けで車椅子に乗せ、入り口から入った。

その医療系有料老人ホームは、まだ先月オープンしたばかりの新しい施設だ。父のように特定疾患のある人や緩和ケアの人、胃ろうや経管栄養の人が入居している。
周りの環境も静かだが(田んぼと畑ばかり)、言葉を発する人がいないので、ものすごく静かな施設だ。特養のようにリビングルームにいる人も1人もいない。皆さん、自室のベッドに寝ているらしかった。

父は最初、自分の部屋へ入り、バイタルのチェックを受けた。
またまたイヤイヤ~をするのだが、血圧は測れた。
すると、自分で車椅子を操作して、どこかへ行こうとする。
そして行き着いたのはリビングルームだった。
特養では起きてから寝るまでの間、ずっとリビングルームにいた。何かをしているわけではないのだが、ずっとリビングルームのテーブルについて、首を直角に下へ曲げて寝ていた。たま~に顔を上げては、テーブルを手でバンバンと叩いたりしていた。
その記憶があるのか、リビングルームに入ると、迷わず、奥のテーブルに向かって車椅子を操縦する。で、テーブルに着くと、自分で車椅子のブレーキをかけ、首を直角に下に曲げ、寝始めた。
父の眠りというのは、いつも、10秒間だ。
下を向いたな~と思うと、すぐに顔を上げる。で、またしばらくすると下を向く。・・・を繰り返す。

父は落ち着いていた。
バイタルチェックの時以外は、ずっと起きたり寝たりを繰り返し、声を発することもない。
私が目の前の席について、契約書類に署名などをしている間も、ずっと起きたり寝たりを繰り返していた。まるで、私が目の前にいるのを認識していないかのようだった。
有料老人ホームとの契約、福祉用具レンタル業者との契約、訪問介護の契約、と、特養と違って全部契約を個々に結ぶ。結構な時間がかかった。

すると、ここ数年、特別養護老人ホームに入居する前から見かけなかったことを、父がやり始めた。
父は途中、目を覚まし(?)、テーブルの上に広げられている書類を一山ごとにつかみ、テーブルにトントンして整理を始めたのだ。そして、テーブルの縁と正確に平行になるよう、きち~んと並べた。
そうそう、父はこういう、妙に几帳面なところがあったなぁ・・・と私は思い出した。
そして父は、指をなめなめ(!)、書類を1ページずつめくっていく。もちろん、読めないし、理解もできない。でも、めくる。
会社で仕事をしていた頃に戻っているのかもしれない。

これには多分・・・という理由がある。
契約の書類を確認している時、たまたま施設長さんが、
「私は知多から通っているんです」
とおっしゃられた。
「あ、父は知多の会社にいたんですよ~」
と私が言った。
その時、父の中で何かが覚醒したようだ。
「チタ」という単語に反応したのだ。顔を起こし、口元をほころばせた。で、急に書類をトントンし始めたのだ。
昔の記憶というのは、こういう何でもないことから呼び覚まされるのかもしれない。

父はそれから上機嫌で、指を動かし、1、2、3、と何かを数えているジェスチャーをしたり、私が差し出した手のひらにハイタッチした。
母にも、夫にも、ハイタッチした。
父は歩けないが、握力はまだかなりある。何しろ、ペットボトルが自分で開けられる。ハイタッチする手の力も相当なものだ。
特養にいた時は、ハイタッチを介護スタッフとやっていた。これをやる時は、ものすご~く上機嫌なのだ。
父はここ数年見かけなかった「笑顔的なもの」をしていた。口元を何度も何度も、ほころばせた。
どうやら、父は本能で、この施設が気に入ったらしい。
父の様子を見て、私はホッとした。と同時に、この施設にして良かったなぁ~と心から思った。

で、今日。
上機嫌だった父は昨夜はどうだったんだろう・・・と心配で、夫と様子を見に行った。
父はリビングルームのテーブルについていた。
向かい側の席で介護スタッフが仕事をしていた。
スタッフさんの話では、よく眠れていたことを聞いた。おむつ替えや食事はなかなか素直に応じないが、そこらへんはうま~く対応してくれているらしい。
父はそこそこ機嫌が良かった。
昨日の日付の新聞を、1ページずつ、めくっていた。
昔やっていたのと同じ癖でめくっていた。めくり終えて膨らんだ紙面を手のひらでパンパンと叩く様子など、昔と同じだ。2本の指をなめてページをめくるのも同じだった。
めくり終えると、それを折り線に沿ってきち~んと畳み、テーブルの縁と平行になるように置く。で、またカクンと首を曲げる。5秒でまた顔を上げ、またもや新聞を手元に寄せて広げ、ページをめくる。・・・を繰り返す。
私や夫と、何度もハイタッチをした。
そして、驚くことに、父は夫の手を取り、手の甲を何度も撫で、両手で夫の手をぎゅっと握った。
「ありがとう」の意味なのか。「よろしく頼む」の意味なのか。それとも、な~んの意味もないのか。
もちろん父は、今まで一度もそんなことをしたことはなかった。夫もひどく驚いていた。

父との面会は30分くらいだったが、その間に、痰の吸引を2回した。
やはり、特別養護老人ホームでは無理な状況だ。早めに医療系有料老人ホームに移って良かったなぁ・・・と夫と話した。
痰を喉にためて、ゼロゼロゼロ・・・という音を立てている父を見るのは、つらい。苦しいだろうなぁ、と思う。
そういうものに24時間対応してくれるのは、医療系有料老人ホームしかない。
まだまだ、現時点ではそういう施設は少ない。
これからはそういう施設の増加が望まれるようになるんだろうなぁ・・・と想像する。

とりあえず、父は機嫌も良く、環境への違和感も少ないようだった。
良かった、良かった。
まだ父に関する手配や届け出などが山積しているが、それも一つ一つ解決していくだろう。
引っ越し騒動は怒濤のようだったが、終わってみれば「こんなもん」なのだ。過ぎれば、なんてことないように思う。
さて!
来週は名古屋ハワイアンフェスティバルだ。
気分を変えて、頑張らねば~!


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