電光石火!

午前中のレッスンを終えた後、夫と母の用事を済ませ、父の入所している特別養護老人ホームへ行った。
ちょうどおやつの時間で、ムースのような物を食べさせてもらっていた。
介護士さんが、
「はい、あ~ん」
と言っても、父は無表情。
私がその横へ行き、
「お父さん、あ~んだよ、あ~ん」
と言って大きく口を開けて見せたら、真似をしてくれた。
・・・そのムースを食べるのに、30分以上かかった。

介護士さん達には、本当に頭が下がる。
以前、私と同じように親が施設に入所している生徒さんが言っていたが、
「家族の手に負えない人を面倒見てくれて、本当にありがたい」
なのだ。私もそう思う。
それなのに国は、「なるべく在宅で」などとぬかしている。国会答弁のニュースで、「地域で見てもらう、という方向で・・・」などと言っているのを見ると、「アンタら、正気か?」と思ってしまう。家族でさえ手に負えないのに、どこの他人様が見てくれるというのだろう。しかもボランティアで。それは現実的ではない、と私個人は思っている。

父のおやつの世話を手伝っているところに看護師さんがやって来た。
「もうすぐ、新しい施設の施設長さんと看護師さんが、お父さんの様子を見にいらっしゃいますので、一緒にいかがですか?」
と声をかけてくださった。
よくよく考えてみれば・・・
金曜の夜に倒れて救急車で運ばれ、良くなって施設へ戻り、
土曜の午前中に施設見学の予約を取りつけ、
土曜の午後に魔窟の片付けをし、
日曜の午前中に見学と説明を受けて入所の仮予約をし、
日曜の午後に魔窟の大々的な片付けをし、
で、今日に至る。
まさに、電光石火の如く、である。
しかし電光石火なのは私だけではない。新しい施設の施設長さんも電光石火の如く、である。
彼からすれば、
土曜の午前中に施設見学の予約を受け、
土曜の午後に看護師をまじえて、父の受け入れ会議をし、
日曜の午前中に私と夫に説明をして仮予約を受け、
月曜の午後には父の状態を見に来た、
という感じだ。
すごいなぁ、この施設は、と痛感した。
そもそも、私はせっかちだ。半端ないせっかちだ。生徒さんは皆さんよくご存知だが。
その私をして、「電光石火」と言わしめる施設長さん・・・おそるべし。

さて、施設長さんと看護師さんが到着し、父の様子を見てもらった。
父は、今日はまあまあ機嫌が良かった。5分に1回は首を直角に下に向け、まるで死んだかのような姿勢にはなるが(どうやら10秒ぐらいずつ、小刻みに寝るらしい)、とりあえず怒りもせず、指でいろいろな所を指しては「あ~」「う~」と声を発していた。
「まだまだ、お元気じゃないですか!」
と驚かれた。
いや、元気っていうか・・・元気じゃないっていうか・・・
機嫌だけは良かったが、とにかく父は、何を言われているのか、何を言いたいのか、何もわからない。ぼ~っとはしていないが、目は開いていても何も見ていないし、何も認識していない。
その状態を今の施設の看護師さんと共に、新しい施設の施設長さんと看護師さんに説明した。
健康状態、入浴のこと、食事のこと、排便のこと、主治医のこと・・・引き継ぎは実にたくさんある。
施設を変わるって、こんなに大変なことなんだなぁ。

父の魔窟はすっかりきれいになった。
夕方、帰宅してすぐに、新しい施設で紹介されたケアマネージャーさんの事務所に電話した。すっかり、施設長さんから話が完璧に伝わっていたようで、もう担当者も決まっていた。施設長さん・・・やるなぁ。
ケアマネージャーさんとの契約は明後日に結ぶ。一緒に父の様子を見て、状況の確認をする予定だ。
そして、父の入居日が決まった。
次の土曜日だ。
荷物をどのように運ぶかの算段を夫と決めた。
・・・あとは、実行に移すのみ。
金曜日に倒れ、日曜に新しい施設を決め、月曜にケアマネージャーを決め、土曜日に入居。
これもまさに、電光石火の如く、だ。

いつも思うのだが、介護は椅子取りゲームだ。
決まった席しか、ない。
そこからはみ出ると、立っていなければならない。どこへも行き場がなくなる。
いつかいつか、そんな熾烈な椅子取りゲームをしなくてもいいようになるといいな~と心から思う。
父はたまたま、運良く施設が見つかった。受け入れてもらえた。でも、自宅と病院を行ったり来たり10年、なんて話も聞く。もっと、病のある人の行き場所があるといいなぁ。
・・・それには。
もっと国にお金がなければイカンのだろうなぁ。・・・ってことは税金がもっと高くなる、とか? いや、それは困る。
う~ん、本当に難しい問題だなぁ。


この記事へのコメント