感動が共有できない・・・

サッカーW杯が連日テレビで放映されている。
私はサッカーにはほとんど興味がない。が、W杯は見ている。世界の素晴らしい技を見るのは楽しいし、選手達のインタビューも興味深い。
もちろん、先日の日本対コロンビアの試合も見た。
・・・が、ひとりぼっちなのである。

夫はその夜、当直で不在。
母も体調不良だった。
だからひとりぼっちで応援していたのだ。

香川の先制弾もひとり寂しく拍手・・・
FKで1点を取られた時もひとりで落胆・・・
大迫のシュートもひとりで寂しく拍手・・・
興奮するのもひとり、落胆するのもひとり。
・・・さびしい。

ご近所もしかり。
我が家のある通りは「高齢者通り」である。(私はひそかにそう呼んでいる)
東隣の家は90代のご夫婦、西隣は70代後半のご夫婦、その隣は闘病中。東に斜め前の家は80代のご主人が一人暮らし、その隣は闘病中。西に斜め前の家は80代のご夫婦。
夜9時を過ぎると、この通りは真っ暗なのだ。家の電気は全然ついていない。みよし市のレッスンを終えて午後10時近くに帰宅すると、街路灯以外は真っ暗だ。
だから、サッカーの日本代表の試合があろうとも、どの家もしぃ~んとしている。本当に、しぃ~ん、なのだ。
たまに、どんな山奥でももう少し明かりがあったり人の声が聞こえたりするだろう、なんて思う。
東京の渋谷のスクランブル交差点での盛り上がりや、大阪の道頓堀の盛り上がりなんぞ、まるで別世界だ。

たとえ夫が家にいたとしても、私のように盛り上がってくれない。
彼はスポーツには、ほとんど興味がないのだ。私が見ているから仕方なく一緒に見ている・・・のような感じ。
・・・寂しい。
せっかくの勝利も、ひとりぼっちだと、なんだかな~と思う。
感動が共有できない、というのはなかなか寂しいものだ。

昨夜のみよし市の市民講座で、「サッカー、勝ちましたねぇ」と言ったら、多くの受講者の方々が、「そうそう!」「勝っちゃったね!」「良かったよねぇ」と言ってくださった。
嬉しい・・・。
感動が共有できるというのは、かくも嬉しいことなのか。

次の試合は日曜の夜中らしい。
少しは見たい気もするが、我が家はみんな寝てしまうだろう。もちろん、ご近所もしぃ~んとしているだろう。
私も寝てしまうか? ひとりぼっちで応援するか? 
どっちになるのかなぁ~

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