咳の原因は ~その3~

いやはや・・・私の人生において、「侮蔑」という単語を使ったのは、いったい何年ぶりだろうか。
冷静になればなるほど、静かに話せば話すほど、怒りはおさまるものの、事態は変わっていないことに気づかされる。

義弟はエアギターとハミングをしていたが、しばらくするとそれにも飽きてしまい、ぼんやりしていた。
本当に、もう限界は超えている。
そこへ件のベテランスタッフがやって来て、
「あと3人ほどお待ちください。また、精神科にも連絡を取りましたので、対応させていただいます。」
と言った。
これなら、もしもの時にも大丈夫だ。
私はそのスタッフにお礼を言い、義弟に話しかけた。
「もうあと、3人ぐらいだってさ。もうちょこっとだから、頑張ろうね。」
「うん」
そこからまた、私と義弟はあれこれ小声でおしゃべりをして時間を過ごした。

結局、診察に呼ばれたのは、午後1時30分過ぎ。
なんと! その待合室に案内されてから、4時間30分が経過していた!
診察はスムーズだった。
医師は丁寧に話を聞いてくださり、すぐに検査のオーダーを出してくれた。
「今からすぐに、CTと血液検査をしましょう。外部の検査機関でしかわからない項目もありますが、ほとんどはすぐにわかりますので、肺が白く写る原因はわかりますよ。」
とおっしゃった。

義弟と私は案内されたCT撮影室へ行った。
検査技師の方に、「知的障害があり、左耳が中度の難聴なので、ゆっくり話していただけませんか」
とお願いした。
義弟には、
「レントゲンみたいな写真を撮るんだよ。もっと詳しくわかるからね。痛くないからね。」
と説明した。
義弟は検査技師に伴われ、CT撮影室へ消えていった。
大丈夫なんだろうか・・・

そんな心配をヨソに、義弟は無事、CTを撮影した。
「上手にできてましたよ。」
と検査技師さんに褒められ、義弟はニコニコしていた。
続いて、血液採取室へ。
義弟は血液を採取される時、注射針が怖いようで、アサッテの方向を見ていた。
が、これもクリアー。
そして私たちはまた、例の待合室へ戻った。

それから待つこと、30分。
検査結果が出るのは案外早かった。
医師は、
「これはじん肺ですねぇ」
とおっしゃった。
じん肺については、間違っているかもしれないが、私の中の認識では、
粉塵や砂塵、いけない化学物質かなんかを吸い込みすぎて咳が出る病
だった。
「え? あの、粉塵なんかを吸い込むことによってなる病気ですか?」
「そうですね。」

医師の説明によると・・・
要するに、長年にわたって粉塵や埃を吸い込み、それが体内で蓄積されて、こういう症状が出るとのことだった。粉塵の量には個人差があり、「ものすごく吸い込んでいても大丈夫な人」と「ちょっとでもダメな人」があるらしい。
義弟はその昔、木工所で少しだけ働いたことがあったらしいが、その期間も短く、40年近くも前のことなので、直接的な原因とは言えないかもしれない、と医師は言った。
「あのですねぇ、大変失礼ですが、この患者さんは、清潔な環境で暮らしてこられましたか?」
と聞かれた。
「今は私と夫でしっかりとした清潔な状態で暮らせるように整備していますが、それはここ1年のことで、それ以前はそうではなかったようです。詳しくはわかりませんが・・・」
と答えた。すると義弟は、
「あの、あの、あの・・・、掃除機はかけてませんでした。荷物が一杯で、掃除機がわかりませんでした。今はわかるので、作業所が休みの日にたまに(掃除機を)かけてます。」
と言った。
医師はやさしく、そうですか、えらいですね、と言ってくださった。
そして私に、
「じん肺が出たのはたまたま今だった、ということなのです。これまでの間の長期間に体内にたまった粉塵や埃が関係しているのです。今がイカンということではないので、このままの環境を維持してください。」
と言われた。

これだけ明確に、「埃のせいです」と言われると、なるほどと思うと同時に、かなり恥ずかしくなった。
私が彼の部屋を汚したわけではないのだが、「部屋が汚いからです」と言われると、
アナタはダメな主婦です
と言われているように感じる。
私は彼とは一度も一緒には住んでいないのですが・・・と言うべきか?
いや、そんなことは医師には関係ないので、黙っておくべきか?
黙って、「ダメ主婦」と先生に思われたままにしておくべきか?
う~ん・・・と考えていると、義弟が、
「あの、あの、あの、汚かった時は、お姉さんとは住んでいません。一人暮らししてます。おにいちゃん(私の夫)とお姉さんにキレイにしてもらってから、ずっとキレイにしてます。」
と言った。
義弟は私をかばってくれたのだが(本人にそういう意識があるかどうか、わからんが)、これまでの経緯の説明が必要になってしまった。
医師は私の要約を聞き、
「うん、これはやっぱり、じん肺ですね。結核とか肺炎ではないので、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。」
とおっしゃった。

医師は2週間分の咳止め薬を処方してくれた。
会計手続きを済ませ、病院の向かいにある調剤薬局へ行った。
無事に薬をいただいて薬局を出ると、既に時刻は午後4時だった。
水分は取っていたが、何も食べずに、夕方を迎えてしまったのだ。
あと何人の診察を待つのかがわかったら、何か買いに行って、彼に食べさせることができたのに・・・
本当にかわいそうなことをしてしまった。

義弟と近くにあるファミリーレストランで「ものすごい遅い昼食」を取った。
義弟の咳はウイルスとは無関係なので、人様に感染させるものではないが、咳をしていると喉が荒れる。乾燥もする。自然、風邪も引きやすくなる。しっかりと栄養を取らせねば。
この日の通院は、非常食を持っていなかったので、大失敗だった。
義弟は「美味しいね」と何度も言い、一生懸命食べていた。
私は義弟に、医師の話をわかりやすく、かみ砕いて、じっくりと説明した。義弟は理解したようだった。
表情も明るくなり、例の「積極的な咳」はしていない。

それが、先週火曜日のことだった。
今日、義弟の様子を見に行った。
車で1時間30分近くかかる。もっと近かったら、もっと度々様子を見に行けるのだが。
義弟は咳をしていなかった。
咳止め薬がよく効いているようである。
重篤な状態ではないとわかり、本人も落ち着いていた。

来週、また市民病院へ連れて行く。
外部の検査機関に出している検査結果を教えていただくためである。
知的障害であることを医師が考慮してくださり、午後の1番最初の予約になっている。それなら、お昼ご飯を食べさせてから出かければよい。助かるなぁ。

知的障害のある家族を大病院に連れて行くというのは、なかなか大変なんだなぁ、と痛感した。
予想はしていたが。
認知症の父を連れて行くのもかなり大変なのだが、それとは違う「大変さ」が伴う。
私は人権論者でもないし、障害のある人の人権について声高に論ずる気もないのだが、差別されたり、必要以上に侮辱されると、ものすごく悲しくなる。
ショッピングセンターで知らない人から、「アンタの連れとる子は、『足らん子』かね!!」と罵声を浴びせられると、本当に悲しくなる。その人は、侮辱したつもりはないのかもしれないが、こんな鉄板な私でも、結構こたえる。
フードコートで食事をしていて、隣の席の年配の人が、義弟の目の前で両手をパチンと叩いて大きな音を立てて義弟をビックリさせようとからかったこともあった。その場で私はその年配者を諫めたが、後々になって、涙が出てきた。心ない人は、案外、いるのだ。
私は「障害者だから、かばってくださいね!」などと言うつもりもないし、特別な配慮をしてもらうのが当然、とも思っていない。
ただ、温かく見守ってもらえるといいなぁ、と思っている。
せめて、心ない言葉で不必要に傷つけたり、からかったりしないでほしいなぁ、と思うのだ。









 

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