咳の原因は ~その1~

私のことではない。
1ヶ月くらい前から、義弟が乾いた浅い咳をするようになった。
気にはしていたが、その咳の頻度は変わらず、本人も「つらくない」と言っていた。発熱するわけでもなく、毎日休まず、知的障害者作業所に通っていた。
それでも、咳はおさまらなかった。いつも咳をしているわけではないが、1時間に1度くらい、その咳を連発する・・・という感じだった。
ひどくなってくるようだったらお医者さんへ連れて行かなければ・・・と思っていた矢先、作業所のスタッフから連絡があった。先週の金曜日のことである。

金曜日のレッスンが終わったところに、作業所のスタッフから電話がかかってきた。
その日、作業所では健康診断が行われていた。
義弟は自治体で実施する特定健康診断を受診済みだったが、それにはレントゲン検査がなかったので、作業所の健康診断もやってもらうことにしていた。
作業所のスタッフが言うには・・・
肺に影がある
とのことだった。
レントゲン写真の肺は真っ白になっている、とのことだった。
「専門医の診断を受けていただきたいのですが・・・」
とおっしゃった。
本人の様子を尋ねると、「肺が白く写ってる」という医師の言葉を聞いた瞬間から、超重傷モードになってしまい、今まではたまにしかしていなかった咳を連発し、不安げにしているとのことだった。

知的障害者にもいろいろな症状があると思うのだが、義弟の場合は中度障害で、意思の疎通はできるし、会話も普通に楽しめる。冗談も言うし、道にも迷わない。買い物もできるし、簡単な料理はできる。(味のホドはわからんが)
ただ、「意思の疎通ができる」というのは、世話をする立場からすると、助かることが多いのだが、やっかいなこともある。
中途半端に人の話が理解できるだけに、必要以上に心配になったり、極度な不安に襲われることが多いのだ。
まさしく、この健康診断の医師の話がそうだったらしい。
医師に、「肺が白く写ってる」と聞いた瞬間から、義弟は、
僕は死んじゃうかもしれない
ものすごい重傷なんだ!
どうしよう・・・
怖いな・・・
そう言えば、両親とも癌だったし、僕も肺がんなんだ
いや、そうに違いない

・・・という論法により、極度な不安に襲われてしまったのだ。
医師も、彼が「意思の疎通ができる」とは思っていなかったようで、
「イカンですねぇ。これは専門医の受診に早めに行っていただかないと」
などと、不用意に、彼の不安をあおるような言い方をしてしまったらしい。
作業所のスタッフによると、義弟は不安のせいで震えている、情緒が不安定になっている、とのことだった。
そして、「僕は病気だから、もっと、かまって!」というサインで、意図的な(!)咳を連発しているとのことだった。

「あ~ わかりました。咳のことは私も把握していました。早速、対応します!」
と電話をくれた作業所のスタッフに答え、慌てて帰宅した。そう、その時はまだ、私はドゥ・ハワイ・カルチャースクールにいたのだ。
帰宅し、すぐにウェブサイトで、義弟の自宅近くにある呼吸器内科なるものを検索した。
思ったより、いくつかの医院が見つかった。
以前、耳鼻科を探した時は本当に大変だったのだが、呼吸器内科は市外であっても比較的近くにいくつかの医院を見つけることができた。
義弟の自宅からの距離と、評判の良さそうな・・・というのを考え、ある医院へ電話してみた。
しかし、診療時間外だったためか、誰も出ない。
普通なら、「初診ですが」と言って、直接医院へ行けば良いようなものなのだが、知的障害者の場合はそれがなかなか難しい。診察を断る医院は、実は少なくないのだ。都市部ではそういうことは少ないと思うが、義弟の住む地域では、そういうことが頻繁にある。だから、予め電話をし、義弟の障害について詳しく説明してから・・・という手順を踏むことになる。

しかし、その時点で既に夕方4時。
その医院の夕方の診察は午後4時30分から7時だった。
夕方の時間帯だと、義弟の家までは我が家から1時間30分はかかる。午後4時に我が家を出発しても、義弟の家に着くのは午後5時30分。そこからその医院までは30分近くかかる。(それでも、近い病院なのだ)
・・・今から行って、ようやく間に合う、という状態ではないか。
知的障害者を診てもらえるかどうかを尋ねてから自宅を出発していては、診察時間に間に合わないかもしれない。
・・・と考え、「予備の医院」の記録もメモし、とりあえず見切り発車で、我が家を出発した。

途中、コンビニで飲み物を買い、作業所のスタッフに電話し、今から病院へ連れて行くことと、レントゲン写真を本人に持たせて欲しいということを連絡した。目星を付けてあった医院へ電話すると、診察してくれるとのことだった。
義弟の家に着くと、義弟は外で待っていた。
ちょこっと斜めになって、不安そうに立っていた。超重傷モード全開である。向こう三軒両隣に聞こえそうな、積極的な咳を連発している。
義弟を車に乗せ、レントゲン写真と「通院セット」を持って、医院へ出かけた。
到着したのは、午後6時。初診であることを考えると、ギリギリだった。

診察室に入り、状況を説明した。
医師は丁寧に、幼少期のことや病歴について義弟に質問した。義弟は、自分で答えられる範囲で一生懸命に話した。・・・が、義弟の話は、途中で脇道に反れ、戻ってこれなくなる(!)という傾向が強いので、ほとんどの話を私が修正することになる。しかし、義弟は「自分で答えたい」という意思があるので、私は義弟の話に口を挟まず、義弟が話し終わったところで、まとめて修正・訂正する。自然、診療時間は長くなるのだが、医師はゆっくり丁寧に聞いてくれた。精神科医はそういう医師が多いように思うが、内科の専門医でこういう先生は珍しい。なかなか良い医院に出会えた。

医師はレントゲン写真をじっくりと見てくれた。
そしてすぐに血液検査をしてくれた。
医師の説明は丁寧だった。
「健康診断で他の種目に問題がなくて、レントゲン写真の肺が白い、というのは、結核とか肺炎である可能性は低いですねぇ」
「発熱がない、寝込むようなことがない、だるくない、などの症状や、本人の生活状況や病歴などから考えると、多分これは、生まれつきか、じん肺ですね」

生まれつき、肺が白い人は結構いるのだそうだ。
「とにかく、重篤な状況ではありません。今すぐ、どうこうということはありませんよ。」
と言われ、義弟の顔はみるみる明るくなった。
「ただ、なぜこんなに肺が白いのかは、本格的な検査をした方が良いです」と言われ、すぐに市民病院への紹介状を書いてもらうことにした。
血液検査の結果と紹介状を火曜日の朝一番で受け取り、それを持って市民病院へ行くこととなった。

「本当はねぇ、痰の検査をしたいですねぇ」
と医師は言った。
義弟の咳はかなり乾いたもので、痰が出ない。
「もし、痰が出たら、すぐにここへ持ってきてください」と言われ、痰の採集容器をもらった。
え??? すぐに持って行くの???
検査の内容からすれば、すぐに持って行くべき物であることは重々理解しているが、我が家から義弟の家までは1時間以上かかる。で、月曜日に痰が出ても、私はレッスンで一日中、ドゥ・ハワイ・カルチャースクールにいるのだ。レッスンが終わってすぐに義弟から痰を受け取って医院へ届けるとなると、痰が出てから少なくとも半日は経過することになる。

困ったな~と思いながら、医院を後にした。
義弟を車に乗せて、コンビニに寄った。義弟は私と夕飯を食べられるものだと思い込んでいたのだが、私は私で、用事を済ませて帰宅したらすぐに夕食の支度をする必要があった。義弟は夕飯用のお米を炊いていない、と言うので、コンビニに寄ってお弁当を買うことにした。
義弟は自分でコンビニのお弁当を買うという経験がほとんどないし、私もコンビニのお弁当を彼に食べさせたことはなかったので、義弟は物珍しさで喜んでいた。
あれこれ、お弁当を選んでいると、
「お姉さん、痰が出る!」
と叫んだ。
コンビニの店内で申し訳なかったが、この機会を逃すワケには、いかん。

ゲロゲロ~ ペ~
と、義弟は痰用容器に痰を吐き出した。
時計を見ると、午後7時にあと10分、ということろだった。
今なら、まだ、医院が開いてる!
慌ててお弁当を選ばせ、義弟を引きずるように(義弟はコンビニへの未練があった)車に乗せ、医院へ戻った。
「痰が出ました!」
と受付に走り込んだ。
「良かったですね~」と看護師さんに言われた。
本当に、そうだ。
この日に痰が出なかったら、私は月曜日のレッスンを終えた後、「炎の痰リレー」をするところだった。
いやはや、一安心である。

無事、義弟を家に送り届け、私は帰宅した。
既に午後9時に近かった。
どば~っと疲れ、食欲もない。(が、食べた)
母が、私の帰宅が遅くなることを見越して、夕食の支度をしておいてくれたのだ。
ああ・・・ 母というのは、実にありがたい。
こういうことがあると、母親のありがたみをヒシヒシと感じる。男親だったら、絶対にこうはいかないだろう。

怒濤の通院を経て、火曜日(昨日)は、市民病院への通院だ。
これがまた、ものすごく大変だったのだ。今日も私はその余波で、ぐったりしている。仕事がオフだからいいようなものの、今日は一日中ベッドに入っていたくなるような状態だ。と言いつつ、夏布団の洗濯をしているのだが。
市民病院の診察状況はまた後日!
医療機関に関わる人に、少しでも知的障害者の通院の難しさを理解してもらえるといいなぁ。




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