あっつい

梅雨明けした名古屋は例年どおり、
めちゃめちゃあっつい
のである。
他府県からいらした方々は皆さん、「名古屋がこんなに暑いとは思いませんでした」とおっしゃる。
同じ事が冬でも言える。冬はものすごく風が強くて寒いのだ。
とにかく、暑くて寒い。・・・それが名古屋なのである。

夕方のニュースで、「名古屋の気温は35度を記録」などと言っていたが、アレは涼しい百葉箱の中のことである。名古屋のフツーの下界では、あんな気温なんぞではない。
ちなみに昨日の午後、車で出かけようとした時の車内温度計は・・・
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午後1時すぎで、38度。
なかなか、やるなぁ。これぞ名古屋。
で、驚くのはこの後。
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午後4時近くでも、やっぱり38度。
普通、4時近くにもなれば、多少は気温が下がりそうなものなんだが。

去年は、この車内温度計が42°を示すのを見た記憶がある。
はてさて・・・
名古屋はこれからどんな気温になるのだろうか。
先ほど見た週間天気予報では、今週金曜日には37度になるらしい。
レッスンにいらっしゃる方は、飲み物を忘れずに、そして涼しい服装でおいでください。
場合によっては、日傘、サングラス、帽子なども必要かもしれません。
お互い、熱中症にならないように注意しましょう!
posted by プアアカハイ at 13:21愛知 ☁Comment(0)日記

鳥羽フラ

7月27日にドゥ・ハワイ・カルチャースクールが参加した鳥羽フラの写真をアップします!
本当は昨日やろう、と思っていたんだけど・・・義弟の自転車がパンクしたとの知らせがあり、慌てて昨日は義弟の住む夫の実家へ行っていました。そしてその帰り道・・・車に乗っているのに、夫も私も熱中症になり、帰宅後は倒れ込んでしまいました。
う~ん、恐るべし、名古屋の気温。帰り道の車内温度計は35度だった。油断してはイカンということですなぁ。
今は熱中症の症状もすっかり治って、今朝は早くからビデオの編集と写真の編集をやっています。
・・・ということで、鳥羽フラの模様をご紹介します!

鳥羽フラは7月26日から28日の3日間開催されていました。
私たちが出演したのは27日。
ところが、台風の影響で、当日はヒドイお天気に。
私と夫を含めた10人は前日入りして、オープニング・パーティに参加し、鳥羽のホテルに宿泊していたのですが、当日入ってくる生徒さん達は無事に鳥羽まで来れるかしらん・・・と心配でした。夜遅くまで台風の進路を伝えるニュースを見て、朝も5時に起きて台風情報をチェック。
JRは始発から運休でしたが、生徒さん達が利用する近鉄は平常運行の模様。無事に乗りました、とのメールをもらい、一安心。
車で来るメンバーも、無事付近まで来ている、ということで、これも一安心。
・・・良かった。
前日、ホテルの部屋で「名古屋弁大かるた大会」をやっている最中にも、「明日、メンバー揃うんだろうか」と口々に心配していましたが、フルメンバーで臨めそう。フルメンバーじゃなかったら・・・どうやってステージをやろうか、と、私なんぞはその構想まで練っていた。いやはや、本当に良かった。

ちなみに「名古屋弁大かるた大会」というのは、宿泊を伴うイベントの時に行う恒例(?)行事。読み手はもちろん、ネイティブな私。他府県出身者が多いと、札を取るのにかなり時間がかかったりする。そしてメンバーが多ければ、かるた大会だけでなく、「ハワイうんちくクイズ大会」なんてのもやる。いずれも、ささやかな賞品を全員にお渡しする。「ハワイうんちくクイズ大会」では、今まで練習した曲にまつわる問題や、ハワイの歴史や神話、ハワイ語や植物、食べ物なんかの問題を出す。これはなかなか勉強になるので、またそのうち、やりたいもんだ。

・・・という、とんでもない天気で、お客様は来られるんだろうか、という心配もありましたが、会場はびっくりするほど盛況でした。
大勢のお客様を前に、緊張する生徒さんもいましたが、楽しくステージを進められました。

1 Lovely Hula Hands(初級)
まだステージは2回目、というメンバーでしたが、とても堂々としていました。
新調したドレスも可愛いです。フリルの高さを揃える、というのが私のこだわり。これは絶対に譲れない。
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難しい腕の角度もよく揃っています。フラを本格的に練習し始めて1年ソコソコとは思えない出来映えです。両端は私と直美先生。
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なんとなく心配で、踊りながら横目で生徒さん達を見ています。アップにすると、それがバレちゃうなぁ。
次の写真は実に良い瞬間です。難しい腕の角度、顔の角度、目線のすべてが揃っています。
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腕の伸びやかさもよく出ていますね。
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そして、これは本当によく練習しました。半パネル分だけ前進して1列になります。きれいに1列になれました。
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このクラスにとって初めての、大きな室内のホールでのステージでしたが、とても堂々として、笑顔を絶やさずに踊れていました。よく頑張りましたね!!

2 Hanauma(中級)
この時、音響さんがまた1曲目の「Lovely Hula Hands」を流してしまい、ステージの「流れ」が分断されてしまいました。ショック。
ゆったりした曲から急にスピーディな曲に変わる、その変化を楽しめるように組んであったのですが・・・残念です。あれほど、始まる前に、「CDは流しっぱなしで、絶対に停めないでください」とお願いし、出る直前にも確認されたのに。何のための確認なんだか。舞台監督、何してんだ!と叫びたくなる。
CDに入れてある私のアナウンスの間に配置に付けるよう、さんざ練習してきたのに・・・って、終わったコトなんだけど、私はものすごく引きずってる。
生徒さん達には、キョロキョロしてしまうなどの多少の動揺はあったものの、フラそのものはちゃんとまとめてくれました。笑顔もちゃんと出来ていますね。心の中は結構動揺していたと思うんだけど、ベテランさん達はそれでも笑顔で踊ってくれます。Good Job!
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ハナウマ湾へ下るクネクネ道。よく揃っています。
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なかなか揃わなかった「聞く」のポーズの手のひらの角度も、本番では揃えています。「聞く」のポーズの伸びている腕の手のひらは「鼓膜」を表現しています。だから、下向きになってしまってはいけないのです。音をキャッチする角度にする必要があります。
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次の写真はケアヴェの木のポーズ。時間差で、真ん中のメンバーは後から木のポーズになります。うまくきまっていました。このポーズもなかなかきまらなかったポーズの一つでしたが、本番ではカッコよかったです。
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最後まで気を抜かず、きっちりとポーズをきめながら踊れていました。
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こういうかなりスピーディな曲は、ポーズをいかにきっちりときめるかが鍵になりますね。ゆったり流れる曲で表現するポーズとは、こういうところが違います。曲の感性やイメージに沿って踊るのも、フラの難しいところです。
ケアヴェの木の時間差ポーズがきまった時には、客席がざわめきました。こういう演出がプログラムの中に入ってくると、全体の印象がぐっと良くなりますね。とはいえ、こういうことをやるには・・・これは先生の立場から言うことなんだけど・・・長く一緒に練習しているメンバーでないと、できません。リスクが高い。「周りを読む」「お互いの空気感を感じ取る」ことができるメンバーだからこそできる演出です。こういう演出にトライできるのも、実は実は、生徒さん達のおかげなのです。

3 `Awapuhi Beauty
まだワークで習ったばっかの曲に急遽、決めました。本当はズルして、オアシスの時と同じ曲にするつもりでしたが。
なぜなら・・・この鳥羽フラに、この曲を歌っているショーンがゲスト出演しているからです。せっかくだから、歌っている人が出演しているステージでは、その歌手の歌を使いたいものです。
ドレスは堅めのホロクーです。後ろへ下がりながら、少しずつ上手(かみて)へ移動して踊っていくので、裾を引くホロクーで踊るのはかなり難しいです。後ろに引く裾を踏まずに下がっていかねばなりません。コンペなんかだと、こういうところで点数があがったりします。
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裾は気になるが、とりあえず笑顔で。
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そしてちなみに、このドレスは自分で作っています。ハワイでは、自分の着る物は自分で作るのが当たり前なのです。ああ・・・洋裁がそれなりに出来て、良かった。これは母に感謝だ。
お花を作る直前。腕が長いと、こういうところは得意です。
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片手で「花」を作っています。「花」の時は、これくらい、きちんと指の先っちょを小さくたたむときれいです。
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これは下から湧き上がる香りを手ですくっています。`Awapuhiは下の方に咲く花で、じめじめした場所を好みます。湿気とともに湧き上がってくる香りなので、このように下からすくうことも多いです。
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遠方でのイベントで、前日入りすることから、なるべくシワにならない衣装を・・・と思って選んだホロクーですが・・・やっぱりかなり踊りにくいですなぁ。もっとホロクー対策をやっておかなければイカンかったなぁ・・・と反省しています。

4 Kaulana Na Kona(上級)
これはかなり練習しましたね。踊りそのものは去年やっているのですが、せっかく奥行きのある広いステージなので、フォーメーションをしっかり入れて練り直しました。
上手(かみて)と下手(しもて)から踊りながら出て行きます。ステージ中央で1列に合わさり、これもまた踊りながら自然に2列編成に。
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今回のプログラムで一番難しいのは、ヴァンプで移動しない、ということでした。ヴァンプで移動せず、歌を歌われている「本体」で踊りながら移動します。だから、自然で流れるように移動していて、見ているといつの間にか形を変えている、という印象になります。これはかなりの腕が必要になります。メリーモナークではこういう感じですね。
コナ地方の自然が歌われている曲なので、フアラライの「山」の形になります。これはかなり難しい移動でした。
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難しいのは移動だけではありません。これは昔々、私がクム・レイ・フォンセカから習ったバージョンなので、踊りそのものがものすごく高度です。ウエヘやレレウエヘ、アミ、スピンが多用されています。
最後の1列になってのスピンがきれいです。ドレスのシワがよく揃っていますね。
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1列になると、背の高さにものすごく差があることがわかります。こういう陣容だと、手の高さのバランスが難しくなりますが、うまくできています。
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最後は1列のまま、ステージに対して斜め1直線に。この時は会場の客席がさわめきましたね。そして踊りながら上手(かみて)へ移動しながら、1人ずつハケていきます。こういうのを私は、「そして誰もいなくなった方式」と呼んでいます。1人ずつ、それぞれが決められた部分まで踊りながら上手へ移動し、ハケていき、最後の1人がポーズを決める、というもの。これはかなり練習しましたね。もちろんまだ経験が浅いのでもたつくこともありましたが、それでもよく出来ていました。
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客席に対して斜め1直線になる、というのは、ものすごくリスクが高いです。それぞれの腕前がバッチリ出ます。フラというのは、正面から見た時よりも、横姿の方がアラが出るものです。だから、客席に対して斜めになるステップの多い曲は難しいのです。
リスクの高い演出満載のこの曲でしたが、上級クラスらしい、良い出来映えでした。
この「ハケ」では、会場はものすごい拍手と歓声でした。おお~ ・・・という感じ。その拍手と歓声が、皆さんのフラの出来映えを表していましたね。

ステージを終えてみると・・・
後悔することって、結構ある。もちろん、私も。
「ああ・・・あそこでもうちょっと寄っておけば・・・」とか、
「なんであんなところで間違えたんだか・・・」とか、
「私、何を練習してきたんだろう」とか、
その度合いに違いはあれ、かなり多くの反省点があるものです。
でも、それが上達の第一歩
反省のないフラは、上達もない。・・・と私は思っています。
どうか、大いに反省して欲しいです。そして、それを次へ活かしていきましょう。一度失敗したことは、次は絶対に失敗しないものです。
そしてどうか、自分の中のハードルを下げないで欲しい。
ぜひ、「ここまでできるようになりたい」という気持ちを持って欲しい。そして、そのハードルを下げないで欲しい。
目標を見失っている人のフラは、すぐにわかります。そういうのを私は、「諦めたフラ」と密かに呼んでいます。諦めなくてもいいのです。
たくさんの事が一気にできるようにはならないけれど、楽しみながら、一歩ずつ、少しずつ、前進していきましょう。
鳥羽フラでの経験は、きっと良い材料になるハズです。

本番というモノは・・・
絶対に練習どおりには、できない。
そして、
練習でできていなかったことは、本番でも、絶対にできない。
というモノです。

きっと、出演された皆さんはそれぞれに思うことはあると思うけれど、それを糧に、また頑張っていきましょう!
踊る私たちに幸あれ!








posted by プアアカハイ at 12:16愛知 ☁Comment(0)日記

母の主治医探し

父の七七日(しじゅうくにち)法要も納骨も無事に済み、父の諸手続もほぼほぼ完了し、平穏を取り戻しつつある。
自宅からは父のお骨、中陰台、お位牌もなくなり、余分に用意していた会葬御礼の祖供養品や満中陰志の品もなくなった。我が家は10年くらい前に仏壇終いをしているので、仏壇もない。家の中に父の片鱗がなくなってしまい、少し寂しいような気もする。
今は、サイドボードの上に父の写真を飾っていて、たまにお線香を上げている。命日にはお経をまた3人で詠むつもりだ。

・・・という、平常に戻りつつある。
私は先々週に疲れがどっと出て、体調が思わしくなかったが、今ではそれも落ち着いている。
しかし母は、今が最高潮(?)に具合がよろしくない。
どうやら、ちゃんと眠れないようなのだ。
元々、母は難病認定患者である。(父もそうだった)
難病に関しては、母は父よりも先輩なのだ。
母の患っている病気は、サルコイドーシスという、珍しい病だ。
国内に1000人くらいしか、罹患していない。
免疫不全の病気で、普通には暮らせるが、免疫がないので風邪を引いたりするとエライことになる。
見た目は普通。足腰に問題があるわけでもない。要するに、「見ても、わからん」という感じだ。
ただし、この病の症状で、身体の中のカルシウムが血液中に溶けていってしまうので、ひどい骨粗鬆症である。この病にはいろいろな症状が出るので、「えっ こんな症状もサルコイドーシスのせいなの?」ということが多い。
鬱になったり、不眠になることも、この病のせいなのである。

母は毎週、骨粗鬆症の治療のため、難病認定医の医院で注射を受けている。そして、びっくりする量の薬を出してもらっている。
なんと! 注射以外に、13種類の薬を飲んでいるのだ。
よく、間違えんもんだな~と感心するのだが、きちんと自分で管理して飲んでいる。そして医院へも自転車に乗って1人で通っている。
父と違って、アタマがしっかりしているので、私も助かっている。
昨日もイソイソと支度をし、通院に出かけていった。
注射の副作用があるので、昨日はゆっくり過ごしていた。
そして、今朝。
もう、主治医の医院へは行きたくない、と言い出した。

よくよく聞いてみると・・・
先生の説明が得られない
というのが理由のようだった。
母が今、取り組んでいるのは、骨粗鬆症の注射。毎週1回、合計104回受けるというものだ。2年以上かかる計算になる。
この注射は副作用がものすごくひどい。人によって違うのだろうが、母の場合は頭痛と吐き気とめまい。それが毎週、注射の後で8時間ぐらい続く。かなりツライだろうと思われる。
その、ツラ~イ注射を61回まで、受けた。残りは約半分だ。
その注射は時々、今の状態を診るために、検査が行われる。母は先月、その検査をしてもらった。
ところが。
先生は検査結果を教えてくれないのだ。元々、その先生は、検査の結果については、こちらから尋ねない限り、教えてくれない。
診察中はずっとパソコンの画面の電子カルテから目を離さず、一度も患者の方を向かない。だから、検査結果を知りたくても、聞けるような雰囲気ではないのだ。
それでも母は、
「先生、先月の検査の結果はどうだったのでしょうか」
と尋ねた。一度も患者の方を見ない先生に尋ねるのは、勇気の要ったことだろう、と思う。
先生は、
「ああ、変わらんよ、全然」
と答えたらしい。
ツラ~イ注射を61回も受けて、全然変わらない???
なんのために、注射をしているの???
効果のないもののために、毎週通って、そのたびに副作用に悩まされているのか???
と、母はどよよ~んと落ち込んでしまった。

「効果もないのに、私、あんなにツライ副作用に苦しむのは、もうイヤだ」
と母は言った。
そりゃ、そうだろう。
きっと、効果が全然ないわけじゃない、と思うのだけれど、先生の説明がその程度しかしてもらえないので、母は納得できないのだ。もちろん、私も。
その医院はとにかく、いつ行っても、満員御礼で、待合室は座れない状態だ。先生は忙しい。なかなか、患者の質問にも答える時間もないのだろう・・・とは、思う。
・・・でも、なぁ。
75歳の後期高齢者の母に、ちゃんとした説明もせず、「全然、効果ないよ」と言うってのは、どうかと思う。
母の鬱がどんどんひどくなってゆくではないか。

早速、母の難病を診てくれる医院を探した。
厚労省認定の難病指定医で、自宅から近くて、評判の良い医院って、どこだ?
とりあえず、母の骨粗鬆症については、その医院では見つけてくれなかった圧迫骨折を見事発見し、治療してくれた整形外科にかかることして、母を連れて出かけた。
その整形外科でも、104回注射をやっているので、その注射を打ったことによる母の状態を詳しく診てもらった。
その整形外科の先生は、母にもよくわかるように、とても丁寧に説明してくれた。検査もすぐにしてくれて、効果が出ていることも示してくれた。そう、少々ではあるが、母の骨密度は増していたのだ。そして副作用がひどすぎるので、他の注射に替えることもできますよ、と提案してくれた。
「今は新しい良い注射があるからね、104回注射の副作用で苦しんでいる人がこの新しい注射に替えているケースが多いですよ。」
と言い、今までの104回注射との違いや副作用の違いについても説明してくれた。どうやら、その新しい注射は月1回で合計12回のもので、副作用はほとんど見られないらしい。もちろん、個人差はあるだろうが。・・・ということも説明してくれた。
金額のこともちゃんと説明してくれた。私がいろいろ質問する前に、ちゃ~んと不足なく説明してくれた。
その上で、
「どちらを選ぶのかは、あなたが決めていいんですよ。全部やめてしまっても、あなたの意思を尊重します。どうされますか?」
と聞いてくれた。
「先生っ 私、その注射に替えます! この医院へ通います!」
と、母は即答した。

会計を待っている間、母は、
「あんなにしっかり説明してくれて、嬉しかった。」
「この病院なら信頼できる」
「12回なら、頑張れる」
と言い、みるみる元気を取り戻した。
いやはや・・・良かった。整形外科の先生には感謝感謝である。
こういうのが、本当のインフォームド・コンセントなんだなぁ、と私も実感した。
ちゃんと不足なく説明した上で、患者の合意を得る。
人によって説明が大変だったりするのだろうけれど、医院が忙しくて時間が取りにくいのだろうけれど、患者としてはちゃんと説明して欲しいし、質問もしたい。アメリカなんかじゃ、こんなの当たり前なのだろうけど、日本の医院ではまだインフォームド・コンセントが未発達だ。確立している日本の医院は多くない、と思う。

帰りの車の中・・・
「難病の方も、他の医院にしたい?」
と母に尋ねた。
母は、今までの主治医の医院に行くのはイヤだ、と言った。
不信感というヤツは、一度心に芽生えると、なかなか払拭できないものだ。私も、母を今までの医院へ通わせたくなかった。
とはいえ。
母の難病を診てくれる医院を探すというのは、結構ホネが折れる。何しろ、珍しい病だ。診てくれる医院は本当に少ない。
少ないには少ないが、近所に他にないわけじゃない。
もしも何かあったら・・・と前から目星をつけておいた医院へそのまま母を連れて行った。
その医院は、訪問診療の方が主の医院だ。外来は午前中しか、やっていない。午後は訪問診療になっている。
もしも母が難病の症状で、医院へ通えなくなった場合、連れて行くのが不可能な症状になった場合に備えて、一応、目星はつけてあった。もしもの時はこの医院にお願いしよう、この医院にお願いして往診してもらおう、と考えてはいたのだ。その医院は難病指定医でもあるので、母の病気も診てくれるだろう・・・と思っていた。

医院へ入ると・・・
ガラガラ
だった。こんなにすいている医院は、ここ数年、見たことがない。
この医院は訪問診療専門で、自分で通える人しか、外来診療に来ない。将来的に訪問診療に切り替わるだろう・・・という高齢者に門戸を開いている医院だ。ほとんどの患者は基本的には訪問診療なので、外来はすいている、という具合らしい。
平日の午後や土曜は外来をやっていないので、働いている世代や子供は通えない医院だ。要するに・・・高齢者専門のような感じだ。
受付の横の掲示板には、各種診断書の値段がきちんと表示されている。う~ん、これは信頼できそう。
少し待っていると、看護士さんが血圧を測りに来てくれて、そのまま診察室に呼ばれた。
先生は私よりちょこっと年上な感じの女性の先生だった。
先生は母の病状についてしっかり聞いてくれた。ついでに父が亡くなったことによる鬱の話もよ~く聞いてくれた。母はそもそも、「時系列に従って説明する」ということが苦手だ。ドラマのあらすじの説明なんぞ、さっぱりわからん。どんどん話が横道に反れていくのを私が時々修正しつつ、説明したのだが、それでも先生は最後まできちんと時間をかけて聞いてくれた。
そして、
「医療情報提供書を前の医院でもらってきてください。こちらでちゃんと引き継いで、治療しましょう」
と言ってくださった。ありがたい。
善は急げ、と、今まで通っていた医院へそのまま行って、医療情報提供書を書いてもらうよう依頼した。

難病患者は、通える病院が限られている。
探すのに苦労している人は多いだろう、と思う。
たまたま運良く、母の難病も診てくれる難病指定医の整形外科と内科が見つかったが、モタモタしているといつまで経っても病院が決まらない。病院が決まらないと薬がもらえない。やむを得ず、今までの医院へ通わねばならなくなる。
命に関わることは、何事も早く進めるべきだ、と痛感した。

私は持病と言える持病もないので、今まであまり感じてはいなかったが、「お医者さんの説明不足」というのがいかに患者を不安にさせるものなのか、実感した。
そういえば、以前テレビで、「病院へのクレームの第1位は医師の説明不足」と言っていたなぁ。なるほど。
主治医を替えるのは勇気が要る。
でも、自分の身体を診てもらう医師はちゃんと選びたい。
母は整形外科の先生も内科の先生も、とても気に入っていた。しばらく、母との相性をみることにしよう、と思う。


posted by プアアカハイ at 21:10愛知 ☁Comment(0)日記