咳の原因は ~その2~

前回の続き。
火曜日は市民病院への通院となった。
知的障害のある義弟の咳の原因とレントゲン写真の肺の白さを解明するためだ。
その日の朝は、夫を送り出した後、支度をし、7時に(!)自宅を出発した。
朝の通勤ラッシュがあるため、この時間に出発しないと、義弟の住む家までは2時間近くかかってしまう。結構な「旅」なのだ。

義弟の家に着いたのは8時30分。
そこから義弟を車に乗せ、まずは金曜日に行った医院へ行き、紹介状と検査結果を受け取り、それから市民病院へ転進した。
この紹介状には驚いた。
紹介状を書いてもらうには、当然、文書料が発生する。これは、障害者医療でも同じだ。
文書料は医院によって値段が違う。
先日、父と母の難病認定更新のためにそれぞれ主治医による診断書を書いてもらったのだが、父の主治医と母の主治医では値段が3倍(!)も違ったのである。
父の診断書の文書料は5400円だった。(5000円+消費税)
しかし母の診断書の文書料は、なんと、16200円(15000円+消費税)だったのだ!!!
書式の決まっている、双方同じような診断書なのだが、お値段は3倍もする。
義弟の行った呼吸器内科の医院では、文書料がいくらなのかわからなかったので、母の例もあるため、結構なお金を持って出かけた。
ところが・・・
「小笠原さん、じゃあ、この紹介状を持って行ってくださいね」
と、受付で封筒を受け取った。
「文書料は、おいくらだったでしょうか?」
と尋ねると、
「いえ、いりませんよ」
と言われた。
ええええ~! タダなの~!
かなり驚いたが、出費がおさえられた。助かるなぁ。

市民病院に到着し、初診受付を済ませたのは9時9分だった。
ここまではかなり順調だったのだ。考え得る、最短の作業・最短の行程を経て、ここまで至った。
ところが、である。
ここからが長かった。
私は若い頃に大学病院で大きな手術をしているので、大病院がどれくらいの待ち時間なのか、どういうシステムなのかは、よくわかっていた。
初診の場合の待ち時間は、3時間くらいになるだろうなぁ~と予想をしていた。
9時9分の受付だから、呼ばれるのは正午になるだろうなぁ、と。
義弟には自宅を出る時に、
「たぶん、3時間くらい待たなきゃならんだろうから、暇つぶしの本でも、持って行こうか?」
と行ったのだが、
「ううん、いい。いらない。いろんな人を見てるから、大丈夫。」
と言った。義弟は漢字に読み仮名をふった本なら読めるので、時間つぶしの本を持参することを勧めたのだが、本人はいらない、と言う。
「でもねぇ、病院だからね、待合室でおしゃべりはできないんだよ。静かにしていなきゃイカンでね、長くなると暇つぶしの物がほしくなるよ。」
と、もう一度勧めてみたが、彼の返事は同じだった。
いつも通院している精神科の病院は、待合室がかなり騒がしく、患者さん達の多くは何かしらおしゃべりをしているので、その病院ではいつも、義弟は私とおしゃべりしながら診察を待っている。でもこの日は内科なのだ。具合の悪い人ばかりだろうから、おしゃべりする声を気にする人が多いだろう。
・・・という心配はあった。

義弟は指定された待合のソファに腰掛け、そこにやって来る患者さん達をウォッチングしていた。
受付でも、簡単なメディカルチェックをしてくれた看護師さんにも、「知的障害があります」と伝えたのだが、一般の待合室だった。最近の大きな病院は、他の患者さんに迷惑をかけそうな患者は、他の待合室を案内することが増えてきたようだが、ここではそういうものがないようだった。
義弟は、やって来る患者さんを観察し、ものすごく小さな声で少しおしゃべりしたりで、他の人に迷惑にならないように、頑張っていた。
しかしそれも2時間を過ぎると、できなくなってきた。
待合室が少しずつ、すいてきたのを見た義弟は、ものすごく小さな声で歌を歌い始めた。そう、彼は歌を歌うのが大好きなのだ。何かの作業中は大抵、歌を歌っている。作業所では静かにしているらしいが。
要するに、ちょっと油断すると、歌を歌ってしまうのだ。
でも、その待合室はかなり人が少なくなっていたので、特別に迷惑になるような状況ではなかった。たまに、「あれ?」という目で義弟を見る人はいたが、私が「すみません。知的障害があるので、ご迷惑をおかけしています」と言うと、「大変ですね」とねぎらってくれる人がほとんどだった。

そして、3時間が経過した。時計は正午を指していた。
義弟は顔面チックを起こしていた。
「顔面チック」とは、顔がヒクヒクするやつである。疲れ目なんかだと、目の周りがヒクヒクしたりする。あれと同じだ。主に、ストレスによって起こる症状だ。
義弟の場合は、顔全体がヒクヒクする。表情が全くわからないほどに痙攣する。
さすがにこれはイカン、と思い、内科受付へ行った。
そして、もう一度、知的障害があることを説明し、顔面チックになっていることを伝えた。あと、どれくらいの待ち時間なのか、何人の患者さんを待つ必要があるのかを尋ねた。
しかし、受付のスタッフは、「そんなことはお教えできませんね。知的障害なんでしょ? なんで、それを早く言ってくれなかったのかなぁ~ 忙しいんだよね~」とタメ口(ためぐち)で面倒くさそうに、木で鼻をくくったように言った。
そして、「知的障害なんだったら、精神科でもいいんじゃないですか? ここは内科ですよ~ 精神科に行った方がいいんじゃないかな~」と言った。
その瞬間、私はキレた

私はまず、キレることはない。
少なくとも、ここ15年はキレていない。
若い頃は瞬間湯沸かし器で、夫とどちらが湯が沸くのが速いか、というレベルだった。が、そんな私もトシを取り、人を教える仕事をしていたり、それに加えて重度の認知症の父の相手や知的障害のある義弟の世話をしていく過程で、「怒る」「キレる」ということは、ほとんどなくなってしまった。
しかし、さすがにこの時はキレた。
私は怒っている時に限って、ものすごく丁寧な言葉遣いになる。キレていればキレているほど、丁寧になる。丁寧語を通り越して、謙譲語まで使う。
「いえいえ・・・ここへは、呼吸器内科から紹介状をいただいて受診に参ったのです。知的障害とは関係のない症状で伺っております。そして最初にこの受付でも、本人に知的障害があることは口頭で申し上げていますし、問診票の特記欄にも知的障害があることと飲んでいる薬について記載させていただいております。受付では○○さんがその問診票をご覧になった上で、知的障害があるのですね、とおっしゃってました。メディカルチェックをしてくださったのは××さんという看護師さんで、知的障害があることと、どのような症状があるのかということと、じっとしていられる時間が短いのでご高配を願いたいということも伝えてあります。」
と言った。とりあえず、タメ口受付嬢の投げつけた言葉に対する返答をした。そして今の状況を説明した。
「幼少期にひきつけを何度も起こし、今でも強烈な顔面チックになった後には、かなりの頻度でひきつけを起こします。その場合は普通は救急車を呼ぶことになるのですが、ここは病院なので、当然、それには対応していただけるのですよね? ベッドをご用意いただけるのですよね? ひきつけの件も××さんには勿論伝えてありますし、3時間以上経過していて、そういう危険性をはらんでいることも病院側はじゅうぶんに把握していらっしゃるのですから、ひきつけを起こしても対応します、というのを病院の姿勢と考えてよろしいのでしょうね?」
とたたみかけた。口調はあくまで丁寧に、ゆっくりと。そして、滑舌はっきりと。表情は勿論、軽い笑顔(!)である。
・・・私は怒っている時ほど、冷静なのだ。

ここでようやく、タメ口受付嬢は、
「ちょ・・・ちょっと、お待ちください」
と言った。そして、奥の事務所に何やら聞きに行くようで、私に背を向けた。
その背中に向かって、
「あ、お忙しいのでしたら、慌てて対応いただかなくてもいいですよ。順番も教えていただけないとおっしゃってましたよね? こちらは、ひきつけを起こした時にきちんとベッドをご用意いただければよいのです。規則をあえて曲げてまで、そしてあなたの忙しさを倍加させてまで、お願いできるものとは思っていませんから。近々、ひきつけを起こしそうだ、ということだけご承知置きくださいね。」
と言った。
すると、他の作業をしながら、その話を聞くともなしに聞いていたらしきベテランのようなスタッフが青くなって慌てて言った。
「大変失礼しました。申し訳ありません。あと何人の患者さんなのか、すぐにお調べいたします!」
「いえいえ・・・『申し訳ない』などということはありませんよ。ああ、こういうご姿勢の病院とスタッフなのだな、こういう話し方や対応をスタンダードとしている病院なのだな、ということがわかっただけですから。知的障害者は、精神科以外のどの病院へ行っても多かれ少なかれ、何らかの差別はされますし、侮蔑な意図を感じることも少なくないですから、私は慣れています。」
・・・ものすご~く、私の頭の中は冷めていた。

「いえ、こちらのスタッフに大変にご無礼な発言がありまして、申し訳なかったです。」
そのベテランのようなスタッフは平謝りされた。選挙の立候補者がする、「90度おじぎ」だった。
ここいらが、振り上げた拳の下ろしどころだ。
「では、ご厚意に甘える、ということで、あと何人の患者さんを待つ必要があるのか、ひきつけを起こした場合のベッドの用意の可否、その場合にこちらの病院内の精神科での対応の可否について、お教えいただきたいのですが。」
と言った。
「すぐにお知らせいたしますので、待合室でお待ちいただけませんか」
とベテランスタッフは言った。
お願いします、と丁寧にしっかりと頭を下げ、私は待合室に戻った。
義弟は、強烈な顔面チックになっていて、身体も小刻みに震えていた。そして低い小さな声でハミングしながら、エアーギターをしていた。(ちなみに、彼は本当にギターが弾ける)
私が再び彼の横に腰を下ろしても、それには気がついていないようだった。すべての周囲の状況を遮断し、自分だけの世界にいるようだった。もう少ししたら、こちらの世界に呼び戻してあげないと、いけない。他の患者さん達にうるさいと思われても、彼に話しかけて、少し会話して、こちらの世界に戻さないと、ひきつけを起こすのだ。義弟の場合はこの、「押したり引いたり」が必要なのだ。そっとしておく時間も与えなければならないが、他とのコミュニケーション活動時間も必要になる。

この時点で、9時9分に受付を済ませてから既に3時間30分以上が経過していた。
時刻は、12時45分になるところだった。

この続きは、また次回に! ←ひっぱるなぁ