ゴミとの闘い

私とお付き合いの長い方はご存知だと思うが・・・
私は、かなりのせっかちである。
そして、結構、几帳面だ。
・・・と、前職時代に上司が書く、私の「人物評価票」に記されていた。
つまり、昨日今日に始まったせっかちではなく、ずっと昔からせっかちなのだ。
そのおかげ(?)か、毎年、大掃除は11月に大体終えてしまう。
今年は父や義弟に振り回されたので、例年よりは少し遅めだったけれど、それでも12月の2週目に大掃除はすべて終了した。

そして・・・今日は我が家の周辺は「可燃ゴミ」の年内最終日であった。
多くの主婦は、12月になるとカレンダーを見つめ、この「ゴミの最終日」に間に合うよう、大掃除の計画を立てる。少なくとも、我が家ではずっと昔からそうだった。
・・・母もせっかちだから、である。
大掃除はとっくに済ませてあるが、昨日は壁に掛かっている2015年のカレンダーとか、ここに来て急に捨てたくなった物をゴミ袋に詰めた。
今日の夕飯に使う野菜の皮も先んじて剥いて捨て、塩抜きに漬けてあった数の子のモヨモヨ(・・・と私は呼んでいるが、本当の名前は知らない。白い、ゼリー状の薄皮)も取り去って捨て、頂いたお菓子の中身をジップロックに入れて箱を捨て、後悔のないようにゴミをまとめた。
どこにあったのかわからないが、とにかく今朝の我が家の可燃ゴミは4袋にのぼった。
母も私も達成感で一杯だった。

・・・と達成感に酔いしれた後、外出するために玄関を出ると・・・
玄関横のフェンスに引っかけたゴミネット(これをちゃんとやらないと、猫やカラスにゴミをつつかれる)の横に、見知らぬゴミ袋が。
ゴミ袋の中はカラだった。可燃ゴミ用のゴミ袋で、底に小さな穴が開いている。ゴミ袋の中にはほんの少しだけ、「枯れ葉」が入っていた。
たぶん、ご近所のどこかの家が出したゴミ袋だと思うが・・・
腹が立つ。
せっかく、年内の全部のゴミを捨てきったのに!
なんで、見知らぬカラのゴミ袋が我が家の玄関前にあるんだ~!
風が強かったので、たぶん、どこからか飛んできたのだろうと思うが、何もワザワザ我が家の玄関に引っかかってなくてもいいのに・・・
このままにしてはおけないので、取りあえず、回収した。
まぁ、カラに近い袋だから、問題はないのだが・・・何だか、釈然としない。

とにかく年末は、ゴミを出さないように、そぉ~っと過ごしたい。
次のゴミ収集日まで1週間ある。とにかく、ゴミを出さない生活を心がけたい。
・・・って、無理だけど。
予想外の飛んできたゴミ袋はあるものの、出せるだけのゴミを出し切って、気分良くなっている私に、夫から電話があった。
「殻付きの牡蠣をもらったから、持って帰るね~」
牡蠣は我が家の好物だ。非常に嬉しい。
・・・が、もう既に年内の可燃ゴミの収集は終わっている。
牡蠣の殻はかなりカサがある。・・・これは、大変だ。
食べ終わった殻を洗って、臭わないようにしておかねば。
これから1週間、ゴミとの闘いである。

posted by プアアカハイ at 17:13愛知 ☁Comment(0)日記

「見せ方」の上手さ

金曜日から全日本フィギュア・スケート大会をやっている。
私はフィギュア・スケートが大好き。・・・というのは、私と付き合いの長い方々はご存知かと思います。
スケートは素人なのだが、一応、ジャンプの種類は見分けられる。
今のルールや採点基準では、どうしてもジャンプに偏りがちになっているのが少々残念だ。
私はどちらかと言うと、ジャンプの出来不出来よりも、芸術面を見る方が好きだ。

はは~ん・・・この曲だから、こういう衣装なんだな・・・
とか、
この振り付けは、この曲の中の、こういう所を表現しているんだろうな・・・
などと、素人ながら、かなり楽しく見ている。
そう、フラと一緒で、見始めた頃というのは、「楽しく」見ていた。
ジャンプが見分けられるようになったり、振り付け師の名前をチェックしてその傾向を理解するようになると、「ただ楽しく」だけではなくなってきた。
ええ~ この振り付け師なら、もっと、こうしたいんじゃないの?
とか、
この髪飾りはこの曲とは合わないなぁ・・・
などと、結構ぶつぶつ言いながら見ている。
「楽しく」というよりも、「にわか解説」状態だ。

私はフラを教えているから、どうしても、「表現力重視」で見ることになる。
その中で感じるのだが・・・
羽生選手はものすごく、うまい。
私は彼のファンではない。私は高橋大輔派なのだ。
でも、羽生選手のスケートは本当に素晴らしいと思う。
もちろん、彼は複数の4回転ジャンプ(トゥループとサルコウ。先日はループも試していた。)を持っていて、その技術面は国内の他の選手と比べて飛び抜けている。着氷の柔らかさ、ジャンプ前後のつなぎなど、本当に美しい。
でも、それだけではない。
羽生選手の一番の魅力は、
見せ方がうまい
という点だ。

これは私の個人的意見である。
お客様が360°にいる、審査員はこの面にいる、というのを、羽生選手はものすごく意識している。ひょっとしたら、意識していないかもしれない。
意識していなくてアレができているのだとしたら、本当に表現の天才だと思う。
どこから、どう見えているか
この角度だと、こっち方面のお客様からはどのように見えているか
・・・というようなことが、すべて完璧なのだ。
どの角度から見ても、どの場所から見ても、「形」になるように演技されている。
振り付け師がそこまで計算していたとは考えにくい。また、たとえ計算されて作られたとしても、その通りにはいかないのが普通だ。
しかし羽生選手はそれが完璧にできている。

点数を付けるのは審査員なので、審査員の前や正面で演技する時だけ意識している選手が多い(ほとんど)中、羽生選手は360°に広がっているお客様の目をとても重要視した演技をしている。
・・・なるほど、ファンが多いワケだ。納得できる。
こういうのは、かつてはブライアン・ジュベールとか高橋大輔も上手かった。
しかしジャンプ偏重になっている今のフィギュア・スケートの大会では、残念ながらそういう選手は羽生選手しかいない。
次に演技を見る機会があれば、ぜひ、「見せ方」を見て欲しい、と思う。
きっと、何かフラの参考になるはずだ。

ジャンプ偏重は、他にも残念なことがある。
スケーティングの美しさが、あまり点数に反映されていない。
滑らかなエッジワーク、一かき(一滑り?)で進む距離の長さなどが、なかなか点数に表れない。
これが上手いのは、小塚選手とジェレミー・アボット選手だが、点数に反映されていないので、なかなか最近は上位にランクインしない。
とても残念だ。
小塚選手のスパイラルなど、ため息が出るほど美しいんだがなぁ。

今日は女子のフリー演技だ。
女子では、「見せ方」が上手いなぁ・・・と感じる選手が日本では今のところ見当たらない。
休養中だけど、カロリーナ・コストナーは、それが上手い。アシュリー・ワグナー選手も「自分」をわかった滑り方をしている。
でも、日本では今のところ不在なように思える。
本郷選手がもう少し、「自分の長所」を意識すると、もっと良くなるような気がするが。
地元なので真央ちゃんも応援したいなぁ。あ、村上選手も地元か。
・・・名古屋はフィギュア・スケートの人材だけは豊富なのだ。
今夜も楽しく観戦しようっと!

posted by プアアカハイ at 14:57愛知 ☁Comment(0)日記

ワルツ

今日はDo Hawaiiカルチャースクールの年内最後のレッスン日だった。
いやはや・・・今年も早かったなぁ。
なんだか、年々、時が過ぎるのが早まっているような気がする。

お昼ご飯に頼んだとあるコンビニの日替わり弁当を食べながら、Do Hawaiiの社長と、
ハワイアン音楽のリズムの取り方
について話した。
Do Hawaiiの社長はクラシックの造詣が深く、元々はオーケストラ関係の仕事をされていた。
だから、フラのことは詳しくなくても、ハワイアン音楽のリズムや音楽性に関してはかなりお詳しい。
社長が言った。
「なんで、日本人のフラの多くはワルツみたいに見えるんだろう」
フラに使うハワイアン音楽は、四拍子が基本だ。そうしないと、カホロなどのステップが合わない。
・・・でも、ワルツに見える、と言う。
それは、こういうことだ。

ワルツというのは、
ズン・チャッチャ~ ズン・チャッチャ~
というヤツだ。
楽器を習った経験のある方はぜひ、思い出していただきたい。
ワルツは、リズムの頭をとらえて演奏する。
つまり、社長が感じたのは、
リズムの頭でとらえて踊っている
というものだ。
それは、かなり、正解だと思う。
鋭いなぁ、と思う。

日本人はとかく急ぎがちだ。
もちろん、フラだけではない。
日常生活も、歩く速度も、何もかもが、いつも急いでいる。
音楽やリズムに合わせて身体を動かす時も、リズムの頭でとらえる。
これは、子供の頃から夏休みの早朝、神社前に集まって、皆勤賞欲しさに一生懸命やったラジオ体操のせいである。
ラジオ体操も、リズムの頭でとらえる。
リズムに遅れないように、その曲のテンポに遅れないように、幼稚園時代のお遊戯からラジオ体操まで、みんなリズムの頭でとらえながら身体を動かす。
遅れることを美徳としない日本人の性格がよく出ている。
ここまで来ると、もはや、DNAのレベルの問題である。

ところが、フラは、リズムのお尻で音をとらえる。
四拍子の最後の最後まで使い切ってステップを踏む。
早めに終えて、他の人の到着を待つ
・・・というリズムの使い方をしない。
遅れないことを気にするのではなく、早まらないことを気にしなければならない。
なんだかおかしな日本語かもしれないが・・・
要するに、「遅れちゃいかん!」じゃなくて、「早まっちゃいかん!」なのだ。
これは、日本人にはかなり難しい。
何しろ、うんと幼少期から、「リズムの頭」をとらえてきたのだ。それを突然、「リズムのお尻」でとらえろ、と言われても、なかなか上手くできない。
しかし・・・残念ながら、フラでは「頭」より「お尻」なのだ。

フラに詳しくない方々でも、音楽にウルサイ方々には、この話はご理解いただけるだろう、と思う。
そして、そういう方々が、「リズムの頭をとらえて踊るフラ」を見た時には、きっと違和感を感じるだろう。
フラは、リズムのお尻をとらえて踊るものだ。
なぜなら、ハワイアン音楽が、そういう作り方をされているからだ。
シンコーペーションの曲が多いのも、そういう理由だ。
また、ハワイアン音楽を聴くと、妙に「まったりした気分」になるのも、その独特なリズムの取り方によるものだ。

私はかなり小さい頃からピアノを習っていた。
残念なことに、そっちの方面には全く才能がなかったが。
しかし今では、なんの才能もないのに我慢強くレッスンに通わせてくれた両親に感謝している。
アレによって、私の音楽の基礎は築かれた。
初めてハワイアン音楽を聴いた時、
リズムの最後まで使うんだなぁ~
シンコってる曲が多いなぁ~
という印象を持った。
フラを習っていくうちに、この印象は決して間違っていなかった、と思うようになった。

こういう感覚は、音楽を習った経験がなくてもわかる、という人も多い。
また、楽器を習った経験がある人の中にも、「わからん」という人もある。
つまり、個人差があるわけだ。
ただ、克服できる場合が多い。
とにかく、よく課題曲を聴くこと。
そして、踊り急がないことを、その独特なリズムに慣れるまでは、しっかり気にしておくこと。
慌てないこと。
最後の最後の音まで、しっかり使うこと。

今、上級者クラスと初級者クラスで、これに取り組んでいる。
初級者は「リズムに慣れる」という内容で。
上級者は「流れるような動きの中で、見ている人にリズムを感じさせる」という内容で。
同じように思われるかもしれないが、実は全然違うのである。
初級者・中級者は「リズムに合わせ、早まらないこと」を念頭に踊るのだが、上級者は「流れるような動きの中にリズムを取り込む」という踊り方になる。
・・・なかなか、と言うか、ものすごく難しい。
私も完璧か、と言えば、そうではない。
私も一緒に練習しているのだ。

長年培った日本的リズムを、ハワイアンのリズムに変えていくことは、実に難しい。
でも、できないことではない。
こういうお稽古は長丁場になるが、焦らず、少しずつ身につけていこう。
そういうお稽古をした人のフラは、きっとワルツにはならないだろう。

今日は・・・思わぬ名言を得た。
「ワルツみたい」
確かにそうだと思う。
そうならないよう、私もまた、しっかりと教えていきたいなぁ、と心から思った年内最後のレッスンだった。