弾丸御記帳遠足

昨日の午前中、テレビ番組で、
平成天皇への感謝の御記帳
なるものを伊勢神宮の内宮でやっている、と報道された。
それは・・・行きたい。
御記帳をした人には伊勢の土で作った素焼きの勾玉が授与される。
勾玉・・・欲しい。
次の改元の時は、私も高齢で、そういう根気がないかもしれん。
・・・これは行かねば。先月、夫と行ったばっかだけど。
ということで、急遽、今日、お伊勢さんに行くことになった。

昨日の午後、テレビを見た後すぐに名古屋駅へ行き、近鉄電車の特急の切符を買い、遠足用のお菓子を用意し、夜には朝ご飯用のおにぎりを作って遠足の準備をした。
そして今日の早朝、胃腸風邪から復帰した母も参加し、3人で出かけた。
近鉄伊勢市駅から内宮までの道は、午前9時をすぎると渋滞する。その渋滞に巻き込まれないうちに内宮に到着せねばならん。
・・・ということで、朝6時50分の特急に名古屋駅から乗った。
道はすいすいで、内宮に到着したのは朝8時30分。
平成感謝の記帳は朝9時からの開始だったが、私たちが到着した時には既に長蛇の列だった。まぁ、想像していたけど。

記帳所はこんな感じだった。
記帳所.jpg

御記帳は都道府県名と次の住所までを書く。・・・じゃないと、ものすごい住所の長い人やマンション住まいの人は枠に書き切れない。
それと当然、名前。
この御記帳は伊勢市観光協会と伊勢市商工会議所の主催で、平成が終わった段階で宮内庁に届けられる。

そして頂いた勾玉は、こんな感じ。
勾玉.jpg

素焼きなので少しずつ色も違うし、穴の開いている場所も微妙に違う。
私のは、黄土色に少し白っぽいフスが入っていたが、母のは濃い黄土色一色。夫のは白に近いグレー一色だった。そして夫のは穴がかなり中央に空いていた。
手作りの良さが出ているなぁ。

記帳を終えてから内宮の正宮に参拝した。
まずは手を洗う。もちろん、お手水場もあるのでそこで手を洗って口をすすぐのだが、五十鈴川でも手を洗える。
DSC_0536.jpg

水がとてもきれいで、透き通っている。
そして正宮に参拝。
ここは写真に撮れない。
別宮へ行く途中、ものすごく大きい木があった。
DSC_0538.jpg

この木の前は写真スポットで、いつも人だかりなのだが、今日は時間帯が早かったので誰もいなかった。先月は写真に撮れなかった場所だ。

参拝を終えて参集殿へ。
ここは伊勢志摩サミットで各国の首脳が集った建物だ。新しい檜のにおいがした。
そこで夫が御朱印帳を買った。
私と夫は今までかなりの数のお寺や神社を巡っているが、御朱印帳を買ったことがなかった。
「まぁ、今さら・・・」
と、買う気になれなかったのだが、せっかくの伊勢神宮なので、これを機会に集めてみようか、と思ったのだ。
蒔絵の立派な御朱印帳だ。
御朱印帳1.jpg

御朱印帳の下にある水色の布は、御朱印帳袋。分厚い織物。
なんだか、ありがたさ満載である。

御朱印の受付は神楽殿なので、御朱印帳を持って神楽殿へ戻った。
神楽殿は立派な建物だった。
IMG_0001_BURST0010002.jpg

列に並んで御朱印をいただく。
こんな感じ。
御朱印帳2.jpg

案外、あっさりしている。
前に聞いたことがあるが、神社の御朱印はあっさりしているのが普通らしい。一方、お寺の御朱印は墨でいろいろ書かれる。
神社の御朱印とお寺の御朱印を同じ御朱印帳に書いてもらうことはできない、とも聞いたことがある。
今回買った御朱印帳は神社専用としよう。

内宮を出て、おはらい町とおかげ横町を散策した。
ここは平日でもものすごい人出だったが、日曜日はこんなになるんだ~と驚いた。
本当に、人・人・人。
普通に歩けない。
それでもおかげ横丁の入り口で写真を撮った。
DSC_0542.jpg


11時半になっていたので、伊勢うどんを食べた。
私は昔、伊勢うどんを食べたことがあったが、失礼ながらその時は、「あまり美味しい物」とは思わなかった。
うどんは冷めていてブヨブヨしていて全くコシがない。出汁(?)は生醤油のような真っ黒けで塩辛かった。
ところが先月、夫と行った外宮近くで食べた伊勢うどんは、とても美味しかった。確かにうどんはコシが全くなく、出汁(?)も真っ黒けなのだが、生醤油っぽくなく、ちゃんと出汁の味がして、少し甘かった。そして、温かいうどんだった。これは美味しい、と伊勢うどんを食べて初めて思った。
それ以来、伊勢うどんは私の中では、「店によっては美味しい物」という認識になった。
今日、入ったのは「福助」という店で、私と母は手打ち伊勢うどんなる物を食べてみた。
こういう物である。
伊勢うどん.jpg

うどんが極太。
うどんの太さがわかるように、母にお箸でうどんをつまんでもらった。
直径が8ミリはあろうかと思われる太さ。ビックリである。
手打ち極太うどんは、ふわふわだった。ブヨブヨではない。ふわふわしていた。
出汁(?)は真っ黒けだが甘めで熱々。ちゃんと出汁の味もする。
・・・これは美味しい。
母は以前の私と同様、「伊勢うどんはまずい物」とずっと思っていたらしいが、
「へぇ~! 美味しいねぇ! もちもちでふわふわ!」
と驚いていた。
夫は月見伊勢うどんを注文。こちらは手打ちうどんではないので、極太ではなかったが、「うまいぞ!」と言っていた。
この店は美味しいんだ、と覚え書きをした。

私たちのちょこちょこ食べはここから始まる。
伊勢うどんを平らげた後、フルーツジュース専門店でジュースを飲んだ。ここは石臼式ジューサーなので、フルーツの美味しさが際立つだけでなく、身体にも良さそう。
次はこんにゃく専門店で味付けこんにゃくを試食し、刺身こんにゃくと共に購入。こんにゃく好きの夫は棒に刺さった「こんにゃく羊羹」を食べた。いや、彼はこんにゃく好きなだけでない。羊羹も大好物なのだ。(とにかく、大の甘党)
そして先月、その美味しさに感激したはんぺん屋で、はんぺんと蒲鉾と伊勢飛竜頭を買い、揚げたての棒に刺さったはんぺんを食べた。
ちょこちょこ食べそれで終わりではない。
松阪牛の牛串を食べ、五十鈴川茶屋ではパイン大福を食べた。
トドメは、太閤出世餅と番茶のセットを食べた。
その間に、赤福を買い、栗ポンを買い、エビせんべいを買い、太閤出世餅を買っている。
伊勢木綿の専門店で小物も買っているが、買った物の95%は食べ物である・・・。

よく考えてみると、食べ物の順番が、悪のスパイラルに陥っている。
伊勢うどん(辛い)→ フルーツジュース(甘い)→ 味付けこんにゃく(辛い)→ こんにゃく羊羹(甘い)→ 牛串(塩辛い)→ パイン大福(甘酸っぱい)→ 太閤出世餅(甘い)
見事に、甘い~辛い~甘い~辛い~悪のスパイラルに陥っている。
このスパイラルに陥ると、どれだけでも食べられてしまう・・・ああ・・・恐ろしい・・・

そして、ここで忘れてはいけない。
母は、胃腸風邪から回復したばかりだ。
が、私と同じ物を、同じタイミングで、同じ量を食べている。
私は大食漢だし(だから大きい)、胃腸は頑健で、少々腐った物を食べてもお腹を壊したことは一度もない。が、母は胃腸風邪から回復したばかり。大丈夫なんだろうか。
私と夫の心配をヨソに、母は嬉々として食べ物を消費していく・・・
きっと、回復しているんだろうなぁ。
まぁ、食べられるということは、良いことだ。
今夜の食事を粗食にしとけばいい。

帰りの近鉄特急の中では、夫も私も母も爆睡だった。
何しろ、3人とも5時に起きている。
お腹も一杯だし、眠くなる要因がアリアリだ。

お伊勢さんは、楽しい。
参拝で「いいこと、した!」と心の満足をし、おはらい町とおかげ横町でお腹の満足をする。
まったく、うまくできてるもんだなぁ。
善光寺もそんな感じだが、お伊勢さんは我が家から近い。特急で1時間ちょいで行ける。
また行きたいなぁ。




赤福 その2

一昨日、赤福について書いた。
誕生日前日に胃腸風邪を患った母が、嘔吐を繰り返した後、最初に食べた食べ物が赤福だった、という話である。
その後日談であるが・・・
母が残っていた赤福3個を食べたことを、仕事中の夫にメールした。夫は、
「少しでも食べられるようになって良かった! 少しは良くなってきたのかな~」
とメールを返信してきた。
そしてその夜、帰宅した夫はまたもや赤福を買ってきた・・・

ところで、赤福とは・・・
これは、ここらへん(東海地方)にお住まいの方はたぶん皆さんご存知のお菓子だと思う。私が子供の頃は、
「伊勢~の名物~ 赤福餅はええじゃないか~」
というCMソングがあり、テレビで盛んに流れていた。だから老若男女誰もが知っているお菓子なのだ。今はあのCMはあまり見かけなくなったので、現代の子供達が知っているかどうかはわからんが。
で、赤福というのは、こういうお菓子である。公式ホームページ → 赤福
東海地方以外にお住まいの方の中にも、「ああ~! これ~! 見たこと、ある!」という方もいらっしゃるだろう。
このあんこの畝は、昔は指で付けていた、と聞いたことがある。今もそうなんだろうか。
赤福は三重県伊勢の名物なのだが、名古屋でも気軽に買うことができる。名古屋駅はもちろん、各デパートでも手に入る。松坂屋名古屋本店では、毎月1日は赤福の朔日餅を買う人で大行列だ。
・・・という、伊勢以外でも手に入る東海地方のお菓子なのである。
赤福は母の大好物なので、誕生日に夫が名古屋駅で買ってきたのだ。が、胃腸風邪で食べられず、結局は最後の3個を駆け込み摂取した。
夫は、
「誕生日なのに残り物ではかわいそうだで」
と言って、母専用赤福を買うに至ったらしい。

母は、その「母専用赤福」を密かに食べている。
母に買ってきた物なので、ワザワザ隠れて食べなくても良いのだが、普通のご飯が食べられない状況下で赤福に食らいつく(!)のは気が引けるようだ。
母は順調に赤福を少しずつ食べている。
が。
それだけでは十分な栄養は摂れない。ビタミンもタンパク質もミネラルもない。炭水化物のみ、である。
そこで、栄養があって、母が好きそうで、消化が良くて、なおかつ赤福じゃない物を考えてみた。

いろいろ考えた結果、
豆乳茶碗蒸し
を作ってみた。
こんな感じである。
豆乳茶碗蒸し.jpg

これはちゃんとしたレシピがあって作ったワケではない。なので、同じ物が毎回作れるワケではない。・・・という博打メニューだ。(我が家ではちょくちょく、こういう博打メニューが登場する)
ボウルに、豆乳1カップ・漉した卵1個・出汁の袋を破った中身・醤油少々・みりん少々を入れてかき混ぜ、具を入れた茶碗に注ぐ。この分量だと茶碗2個分くらい。具は鶏のささみ・かまぼこ・椎茸・三つ葉にした。
茶碗に軽くラップをして、電子レンジ500wで3分温めた後、800wで2分。最初から大きな電力量だと、「す」が立つことがあるので、様子を見ながら。
蒸し器を使わない、「なんちゃって茶碗蒸し」なのだが、手軽に作れて便利だ。
出汁を取って冷ます、という手間もない。出汁袋の中の鰹・あご・昆布をぶちまけてかき混ぜる。鰹の粉末やあごの粉末が直接入るので、何気にカルシウムや昆布のミネラルが摂取できる、というワケだ。
豆乳にはタンパク質やマグネシウムがある。
卵と鶏のささみとかまぼこにはタンパク質、椎茸には食物繊維とビタミンD、三つ葉にもビタミンがある。
まさに、栄養満点である。←自画自賛

母は赤福も食べているけれど、この豆乳茶碗蒸しも食べてくれている。
このまま順調に回復してくれるといいなぁ~



posted by プアアカハイ at 14:18愛知 ☔Comment(0)日記

赤福

先週土曜日は母の誕生日だった。
母もめでたく後期高齢者の仲間入り。
「このトシになると、全然、嬉しくないわ!」
と母は言い、私が提案した誕生日特別ディナーメニューを断った。
せっかくの誕生日なんだから、と言ったが、母は「ちっとも目出度くなんか、ない!」と言ったのだ。
そうか、そんなもんなのかな~とは思ったが、小柄なくせに(!)肉食獣の母のため、金曜日に、宮崎産黒毛和牛のステーキ肉を買って帰宅した。
「母のため」と言いつつ、実のところ・・・私が食べたかったんである。

帰宅すると母はベッドで休んでいた。
そんなことはまずはないので聞いてみると、どうやら・・・
胃腸風邪
らしかった。
何度か嘔吐し、ついでに下痢までしていた。
元々小顔な母であるが、それが一回り以上小さくなっていた。・・・不謹慎ながらも、うらやましい限りである。
う~ん、せっかく買った宮崎牛だが・・・後日にしよう、と冷凍庫にしまいこんだ。

夜、夫が帰宅すると、大きな紙袋を下げていた。
母の誕生日祝いに、夫は新宿タカノのフルーツゼリーを買ってきたのだ。そして、母の大好物の赤福も買ってきていた。
「ケーキにしようと思ったんだけど、ゼリーの入れ物がかわいかったから、これにした~」
と夫は言った。
でかした! 夫よ! 
ケーキだったら、絶対に食べられない。
ゼリーも、今は無理だろうけど、日持ちする。元気になったら、おもむろに食べればよい。

・・・そんなワケで、母のために用意された肉は冷凍庫へ、ゼリーは冷蔵庫へ、としまい込まれた。
赤福は・・・
これは、日持ちがしない。
母には可愛そうだが、私と夫で消費しよう。
母は何も食べられず(食べる気になれず)、ベッドの中から、
「赤福、あんたたちで食べな・・・」
と、力なく言った。

それから3日。
母は栄養ゼリーと白湯以外は何も口にできなかった。
その栄養ゼリーでさえも、嘔吐した。
母の小顔はますます小顔になり、その表面積は私の半分程度(!)となった。
元々薄い身体が、ますます薄くなった。二の腕も細っちくなった。たぶん、4~5キロは痩せたと思う。・・・不謹慎だが、うらやましい限りである。私なんぞ、息をしているだけで栄養を補給している感じなのに。
「今日、帰宅したら、医者へ連れて行って点滴をお願いするからね。」
と母に言って、私は仕事に出かけた。
で、先ほど帰宅。

・・・なんか、いいにおいがする。
出汁のにおい。
なんか、作って食べたのか??? 食べる気になったのか???
母はテーブルに座って、テレビを見ながらうどんをすすっていた。1本ずつ。
「食べても、大丈夫?」
と尋ねると、
「栄養ゼリーを食べても気持ち悪くならなかったから、うどんを作ってみた」
と言った。
食べられれば、身体が元気になる。少しでも食べて欲しい。
うどんはもう冷めていた。たぶん、時間をかけて少しずつ食べていたのだろう。
いや~ 良かった、良かった。
3日ぶりに食べている母を見て、少し安心した。

「あのね・・・アンタに言わなイカンことがある」
と母が言った。
なんだろう、と思うと・・・
「食卓の上にあった赤福、3個食べちゃった」
ええ~! 赤福、食べた~!? あんなに嘔吐を繰り返していたのに???
「食べても、気持ち悪くならなかった?」
と尋ねると、
「1個食べてしばらく様子を見てたけど、気持ち悪くならなかったから、残ってたのも全部食べちゃった」
・・・だそうだ。
夫の買ってきた赤福は12個入りだった。
そのうち6個は昨日、私と夫が消費した。
今朝、私が1個食べた。そして夫のお弁当袋におやつとして2個入れておいた。(夫は甘党でおやつ大好き)
つまり、3個が残っていたのだ。
残った3個を、箱から出してお皿に載せ、ラップをかけて、私は仕事に出かけたのであるが・・・
確かにテーブルを見ると、赤福の皿がない。
「皿に載せておけば、誰かが食べるだろう」くらいに思っていた。その誰か、とは、当然私か夫のどちらかだろう、と思っていたのだが・・・
まさか、嘔吐を繰り返したばかりの母が食べるとは・・・!

どうやら・・・
母は順調なる回復傾向にあるらしい。
赤福が一度に3個も食べられるなら、もう大丈夫なのだろう。
しかし・・・嘔吐明けの最初の食べ物が赤福とは。
「お母さんが元気になったら、また赤福買ってきてあげるから!」
と夫がベッドの母に言っていたが、元気になる前に食べるとは、夫も聞いたらビックリだろう。
私もビックリだ。
そう言えば、昔、母は発熱中でもアイスクリームの1リットル入りのパイントを抱えてカレースプーンで食べていたなぁ。
調子が悪くても、好きな物は食べられるんだなぁ、この人は、と再認識した。(おかゆは食べんくせに・・・)

今夜はたぶん、もう何も食べないだろうが、栄養補給はできているので大丈夫だろう。
明日から、少しずつ、おかゆを食べてもらおう。
いやいや・・・おかゆとか雑炊が好きではない母のことだ。
「おかゆはイヤだけど、赤福なら食べる!」
などと言うかもしれん。
母よ・・・赤福はもう、ないのだ。
・・・っていうか、もう少し体調が戻るまで、赤福は待ってくれ。だいたい、医者も怒るに違いない。
う~ん、でも、おかゆを食べてくれるかなぁ。
おかゆって、そんなに美味しいもんじゃないもんなぁ。
何か、消化の良さそうな物を考えることにしよう。
美味しくて、栄養があって、おかゆじゃないもの・・・で、赤福じゃないもの・・・
何があるんだろう。
お心当たりのある方、ぜひお知恵をお貸しください!





posted by プアアカハイ at 16:24愛知 ☀Comment(0)日記

気づいてない・・・

先週のことである。
知的障がいのある義弟を連れ、病院をハシゴした。
彼の住む夫の実家は我が家から車で1時間ちょいかかるので、しょっちゅう行くのは大変。
なので、通院はなるべくまとめている。
4月の第一週目だったので市民病院も主治医のいる医院も予約時間を大幅に超えて待つことになったが、義弟の機嫌は良く、病状にも変化なく、薬の変更もなく、順調に日程をこなした。
病院2軒、薬局2軒、床屋、昼食、市役所での障害福祉更新の手続きを済ませ、最後の最後に地元のショッピングセンターへ。
義弟の食事は私が10日分くらいまとめて作って冷凍やチルドにして運んでいるが、それでも毎日の食事を全部カバーできていない。私の作り置きのおかずがなくなると、義弟は自分でご飯を作っている。レトルトのこともあるが、ちゃんと料理もそれなりにできる。食材を買うために毎回、義弟と一緒にスーパーへ行くのだ。

その日は、そのショッピングセンターの特売日だったらしく、いつもにも増して、駐車場は車で一杯だった。
この辺りは、車がなくては生きていけない地区である。
せま~い農道を、軽トラが猛スピードで走っていたり、せこ道(名古屋弁でものすごく狭い道の意)から一時停止もせずに本道へ飛び出してくる軽四はしょっちゅう見かける。運転手が大変なご高齢らしきことも、よく見かける。センターラインを超えても平気、「ここはおらっちの道だ~!」のような運転は本当によく見る。
危険なのは、ご高齢の方ばかりではない。地元の人は、「いつもの交通の流れ」しかありえない、と思っているので、「こんなとこを車がそんなに走っているワケない」と信じているのか、狭い道でも猛スピードで走っている主婦層もよく見かける。
彼らの命は多くのドライバーの急ブレーキによって成り立っているのではないか、と思うこともしばしばである。
・・・とにかく、危険運転の大変に多い地区なのだ。(何しろ、愛知県は交通事故死ワースト1だ)

そんな地元のショッピングセンターだから、私はいつも、駐車場の中もそろそろ~っとゆっくり車を進ませる。
いつ、何時、駐車中の車が急発進してぶつかってくるかもしれんのだ。
とにかく、油断大敵なのである。
駐車場の中は混んではいたが、空きスペースを見つけ、そこに向かってゆっくり車を進ませた。
すると!
予想どおり(?)、駐車中の車の後方を通り過ぎようとした時、その駐車中の車は急にバックして私の車の右後方にぶつかりそうになった。が、すんでのところで回避。私の車の方が先に通り過ぎた。
「あぶないね~ あの車、後ろを全然見ていないよ!」
と義弟が言った。まさに冷や汗もののニアミスだった。
見ると、その車には高齢ドライバーのステッカーが貼られており、白髪の男性ドライバーであることが後ろ姿で確認できた。
そして、私はその空きスペースに車を駐めた。
その危ない車はもう行っちゃったかな、と思って見ると、その車は駐車スペースを変えただけのようで、なんと私の車の前列の、私の車の正面のスペースに車を入れようとしていた。
内心、「やだな~ あんな危ない車の近くかぁ」と思いつつ、義弟と私は、車から降りずになんとなくその車の動向を見ていた。
意味なく、車を前進させ後退させを繰り返している。
「何してるのかな~ あの車」と義弟が言う。本当に、何してるんだろう。スペースの中で、車は前後に何度も動いていた。

すると!
突然すごいスピードでバックしてきた。
で。
私の隣の車にどお~んとぶつかった。
ドカ~ン!というすごい音もしていた。ぶつけられた左隣の車は大きく揺れた。
まっすぐ後退してきていたら、間違いなく私の車にぶつかっていた。たまたま(?)ハンドルを左に切ってバックしてきていたので、私の左隣の車に激突したのだ。まさに、危機一髪である。
私たちは車から降りて、車の後方に回り、ちょうどハッチバックのドアを開けていた。ドアを開けながら、それでもその車から目を離さず見ていたわけなのだが・・・
もしぶつかってきた瞬間、義弟が助手席から降りるところだったりしたら、義弟は怪我をしていたかもしれない。
本当に、本当に、危機一髪だったのである・・・。

その車の運転手は、私の左隣の車にぶつけた後、また車を前進させて空きスペースに車を駐めた。
出てくるかな~と思って見ていると、そのまま車内に籠城している。
普通なら、どれくらいぶつかったのか、とりあえず車から降りてきて、相手の車と自分の車の損傷具合を見るだろう。
しかしその運転手は車から出てこなかった。
もしかして・・・気づいていない???
そして!
また急にバックしてきて、もう一度、私の左隣の車にぶつかったのである・・・。

2回目は、ぶつかっただけではない。
ぶつかって、更にアクセルを踏んで、更に後退させようとしている。
つまり、左隣の車を、もっと後ろへ押し込んでいるのだ。
ウインウインとその軽四は一生懸命、左隣の車を後ろへ押しつけている・・・。
運転手の後ろ姿を見ると、全然後ろを見ていない。まっすぐ、前を見たまま、後退のアクセルを踏んでいる・・・。
なんと、恐ろしいことか。
義弟は慌てて、その様子をみようと飛び出した。
危ない! と義弟を押さえた。知的障がいがあるので、ちょっと変わったことがあると、ものすごく興奮してしまうのだ。
義弟の腕を取り押さえたまま、持っていたメモ帳にぶつけた軽四とぶつけられた普通車のナンバーをひかえ、興奮状態の義弟をひきずってショッピングセンターのサービスコーナーへ行った。
サービスコーナーで、ぶつけられた車の運転手をアナウンスで呼び出してもらった。
何度か呼び出してもらったが、反応はなかった。

とりあえず買い物を済ませ、車に戻ると、例の軽四は後ろのバンパーがベコベコに凹んだまま、駐車されていた。
運転手は買い物に店内へ入っていったんだろうか、あの白髪の運転手の姿はなかった。
やはり、自分がぶつけたことに気づいていないのか??? 2回もぶつけたのに??? しかも、押しつけていたのに??? すごい衝突音もしていたのに???
一方、ぶつけられた私の左隣の車も駐車されたままだった。
義弟が左隣の車の前方に回って見ると、バンパーは大きく凹み、ついでにナンバープレートも大きく凹んでいた。
どう考えても、修理しなければいかんレベルだ。
かわいそうに・・・
そこに駐めたばっかりに・・・

私は踊り狂っている(!)義弟を連れ、もう一度、サービスコーナーへ行き、もし届け出をする時に目撃証言が必要でしたら私に電話ください、と私の電話番号を伝えておいた。
ついでに、地元の警察署へも同様の電話をしておいた。
私に時間が豊富にあれば、双方の運転手を引き合わせた上、警察への届け出をするまでお付き合いできたのだが、義弟は興奮状態で踊り狂っている(!)し、夕方もかなり遅くなっているので私も早く我が家へ帰らねばならん。何しろ、車で1時間以上かかるのだ。
そこまでお付き合いする時間がなかった。
因みに、知的障がいのある義弟は、嬉しい時や驚いた時は、大きな声で歌を歌って、よくわからないダンスをする癖がある・・・。車が次々と来る駐車場の中でなければ、気が済むまで踊らせてやってもいいのだが。そういうワケにはいかん。彼自身が交通事故の要因になってしまう。

それから1週間。
あの車、どうしたかなぁ。
修理したんだろうか。いや、しなきゃならんだろう。ものすごい凹損だったもんなぁ。
そしてぶつけた軽四は・・・
今でもまだ、気づいていないんだろうか。
自分がぶつけたのではなく、「誰かにぶつけられた!」なんて、家族に訴えてやしないだろうか。
2回もぶつけて??? しかも更にアクセル踏んでて???
気づいていないにも、ホドがあると思うんだが。

地元の警察署に電話通報した時、事故係の警察官は、
「う~ん、そんな運転手さんは免許証を返してもらわな、いかんね~」
と言っていた。
確かに。
車がなければ生きていけない地区なので、高齢ドライバーが多いのは仕方がない。元気に運転できるのはいいことだと思う。多少、ブレーキが遅くなるとか、安全確認が不十分であっても、しょせんは田舎道や農道だ。常に危険、というわけではないかもしれない。
が、ぶつけたことにも気づかないレベルとなると、話は別だ。
人様に迷惑をかけるようなレベルとなると、やはり免許証の返納を考えた方が良いだろう。

そして、私は勝手に想像する。
あの白髪の軽四のおじいちゃんは、いつも助手席に奥さん(おばあちゃん)を乗せて運転しているんだろうなぁ。
そのトシのおばあちゃんだと、自分は免許を持っていないことが多い。おじいちゃんの運転がいかに危ないかは、おばあちゃんにはわからない。いつか、とんでもない事故でも起こすんじゃないだろうか。おじいちゃんの運転で、おばあちゃんがひどい怪我をするかもしれない。
あるいは・・・
一緒に住んでいる(あくまで想像)息子さんに、「おい、オヤジ! 車が凹んでるぞ!」と叱られてるんじゃないだろうか。
「どこでぶつけてきたんだ! 車に乗るな!」とか、言われているかもしれない・・・
ついでに息子の嫁も加勢する(あくまで想像)。
「だから言ったんですよ! もうおじいちゃんは車に乗らない方がいいって!」・・・なんて。

高齢者ドライバーの事故はよく、テレビのニュースで報道されている。
「そうだろうなぁ」と思ってはいたが、目の前で見るとは思わなかった。
何しろ、夫の実家のある地区は高齢ドライバーが本当に多い。
今まで以上に、気をつけなきゃなぁ、と痛感した。
そして・・・
夫は何歳まで車に乗るかなぁ、などと、「将来の高齢ドライバー」のことも心配するのであった。



posted by プアアカハイ at 10:32愛知 ☀Comment(0)日記

夫の再出発

この春は本当に忙しかった。
夫が定年退職したのだ。
予定していた数々の用事はようやく済み、今週月曜日から、夫は新しい仕事に就いている。
3月31日付けで今までの仕事を退職し、4月1日から再就職。
可愛そうな気もするが、1日も休んでいない。
そう! 定年退職したからといって、家でブラブラしていられないのである!

新しい職場は通勤に1時間くらいかかる。
そして今までは出勤が早すぎてラッシュとは無縁だったのだが、今の職場の就業時間により、満員の地下鉄に乗っている。
どうやら、通勤が一番疲れるらしい。
もちろん、東京のラッシュとは比べものにはならないが、夫にとって、通勤電車で座れない、という経験はほとんどないのでビックリしたようだ。

夫の新しい仕事は、今までのキャリアを活かしたもの。
とはいえ、今までとは身分も違えば勝手も違う。環境も人も初めてのところ。
トシがトシなので緊張することはないようだが、慣れるまではまだ少しかかりそうだ。
私も夫の出勤時間が変わるのでお弁当の支度時間も変わり、思いのほか早く帰宅するので夕食の支度時間も変わる。日によっては私の方が夫よりも先に家を出る。
う~ん、私も慣れないなぁ。

初出勤の日・・・
だいぶ丸くなったとはいえ、まだまだ世間的にはかなりの瞬間湯沸かし器の夫に言った。
「気に入らないことがあっても、けんかしちゃダメだよ」
「今までと同じじゃないんだから、些細なことで怒っちゃダメだよ」
「大きな声で怒鳴ったりしないようにね」
「少しは柔らかい言い方をしてね」
「みんなと仲良くね」
と、矢継ぎ早に。
まるで・・・初登園の幼稚園児に言うような感じである。
うん、うん、わかった、と素直にうなずいて夫は出勤した。

そして、無事に帰宅。
夜7時前に帰宅するなど、現役の頃にはほとんどなかったことだ。当直明けでも夜10時を過ぎるのは珍しくなかった。
7時からのテレビを見ながら母と3人で夕食を食べるなんて! 信じられないことだ。
「どうだった?」
と新しい職場について聞いてみた。
「いろんなことが、違う」
だそうだ。

一番のショックが、ロッカーが激狭だったことらしい。ロッカーの横幅が20センチしかない、というのだ。確かに、そういうロッカーは、見たことがある。何も入りそうにないようなロッカーだ。予備の傘とコートを入れたら一杯になるだろう。
そして机しかない、ということにも驚いていた。
これは、「は?」と言われそうだが・・・
夫の前職はその肩書きによってあらゆることが区別(差別)されていた。係長以上になると椅子が変わり、袖机がもらえたりする。なかなかわかりやすいのである。
夫は退職時、個人ロッカー(約40センチ幅)2本、机、袖机2個、個人キャビネット1棹。椅子はもちろん肘掛け付きである。
それが・・・肘掛けなしの椅子に普通の事務机1個。
再就職なのだから、これは当然なのだが、まだ心の整理ができないらしい・・・。

「机が小さくてさぁ、しかもその机の中に、書類が入っとるんだぞ!」
いや、普通、机の一番下の引き出しには書類が入っているでしょうが・・・。それのどこがイカンのだ。
しかしよくよく考えてみれば・・・
今までは書類は個人キャビネットに入れて、事務机の一番下の引き出しはお菓子や趣味のお茶なんかを入れていた。個人キャビネットの上には戦闘機のプラモデルをたくさん飾り、洗ったお弁当箱を伏せておく「イカキ」まで置いていた。職場の私物化が横行していたのだ。
それが4月1日からは、並んでいる事務机の末席にちょこんと座っている。肘掛けのない椅子(しかもクッションがペラペラのヤツ)に座るのは30年ぶり、名字で名前を呼ばれるのは34年ぶり(!)だそうだ。
まぁ、確かに、心の整理がつかないだろうなぁ。

「3時のおやつの時間がなくて寂しい」
とも言っていた。
これはどうなんだろう。
私は以前、夫と同業だったので、他の普通の会社を知らない。
普通の会社って、おやつの時間ってないのだろうか。
「いや、ないでしょ、普通」という声が聞こえそうだ。私もそう思う。普通の会社には、おやつの時間なんて、ないだろうなぁと思う。
ところが夫の前職(私の前職でもある)では、始業前にコーヒー(悪くてもお茶)を若い衆が淹れてくれる。お昼ご飯の時間には、これまた若い衆がお茶を淹れてくれる。で、3時には自前か頂き物のお菓子を食べながらお茶かコーヒーを飲む。これももちろん、若い衆が淹れてくれる。
ついでに言うと、お弁当箱や趣味のお茶を入れた水筒は、普段は自分で洗うが、たま~に若い衆が洗っておいてくれたりする。
「令和」の時代が来ようというのに、まだまだ「昭和」たっぷりの職場なのだ。
長く居れば長く居ただけ、「幸福感満載」の職場環境だった・・・。

そういう「幸福感満載」の職場を離れ、普通の職場へ行った夫は、しばらくは不便を感じるだろう。
いやいや・・・人というものは、ちゃんと、いつかは慣れるのだ。
とにかく、喧嘩しないように、みんなと仲良く働いてほしいものだ。