ウイ出演のディナーショー

カヒキラウラニウイから連絡があった。
名古屋で行われるディナーショーにウイが出演する、というものだった。
元HAPAの、バリー・フラナガンのライブだ。

結構、日にちが迫っているのだが・・・
まだ席はあいているようなので、興味のある方はぜひお越しください。
もちろん、私も行きます。

バリー・フラナガン ライブ
11月11日(月)開場 18:30(お食事) 開演 19:30(トーク&ライブ) 6500円
The Housendo(豊川堂) あおなみ線ささしまライブ駅直結徒歩1分

お問い合わせ・予約
090-8342-0588

フライヤーはこちら
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私もこちらへ電話で予約したのですが、とても感じが良かったです。(ここ、大事)
どんな曲を踊ってくれるのかな~
楽しみです!

大断髪式

髪を切った。
女性が髪を切るというのは、何らかの大きな理由があるか、もしくは大きな気分転換をしたいか、何かに踏ん切りをつけたいか、だ。新しいことを始める時なんかも、髪を切る人がいると聞く。
私の場合は、踏ん切りをつけるためと気分転換のため。
・・・とはいえ、大したことではない。
髪はまた伸びるもんだ。

以前から、髪を切るならばヘアードネーションしよう、と思っていた。
ヘアードネーションとは、髪の寄付だ。
病で髪を失った子供にカツラを作っている非営利団体があって、髪の寄付を募っている。
これを知ったのは、去年の夏。
鍼灸院で後頭部に鍼を入れてもらっている最中にその鍼が折れて、頭の中に鍼が残ってしまった。(!)
最終的には国立病院の脳神経外科で緊急手術を受け、鍼は除去された。その時、手術のため、後頭部の髪を剃られた。一晩は病院に入院し、退院する時に髪を結び直そうとした。すると・・・床にドサッと髪が落ちた。まさに、「落ちた」という感じだ。剃っているわけだから、床に落ちた髪は1メートル以上あった。後頭部の4分の1を剃られたので、その髪の量も半端ではなかった。
「もったいないなぁ」
と思った。
でも、その頃の私はヘアードネションなんて知らなかったし、その髪が再利用できるものだとも思わなかった。
今にして思えば、実に実にもったいない。
退院後、髪の寄付ができることをテレビ番組で知った。
「あの髪を保管しておけばよかったなぁ」
と、つくづくも後悔した。
そして、次に髪を切るときは、絶対に寄付しよう!と心に決めたのである。

髪の寄付にはいろいろな条件がある。
まずは、その長さ。
31センチ以上でないと、寄付できない。
パーマやカラーリングや白髪も、ない方が良い。
私はパーマは20年以上かけていないし、カラーリングも20年以上やっていない。これは母に感謝なのだが、このトシにして、幸運なことに白髪がない。クセもうねりもない完全なストレート。太くて固くて、ヤケに丈夫な髪である。
たぶん、ほとんどの方が、「長さ31センチ以上」という条件をクリアするのが難しいのであろうが、私の髪の長さは股下20センチ以上ある。身長が170センチ超えなので、ちゃんと測ってはいないが、1メートル以上はあると思う。
・・・まさに、寄付にはもってこい、なんである。

髪を寄付するには、指定のサロンでカットをしてもらう。もちろん、カット代は自前。それも含んでの「寄付」なのだ。
サロンに予約し、20年ぶりに(いや、もっとか?)、美容院なるものへ出かけた。
今まではどうしていたか。当然、自分で切っていたのである。母に切ってもらうこともあった。髪を後ろに下ろして、切る線に沿ってガムテープ(!)を貼り、そのガムテープに沿って切っていた。真っ直ぐに切れるし、切った髪も飛び散らない。これは、ハワイのハラウで教えてもらった方法だ。これで私はこの20年あまりを過ごしてきたのである。(この話をすると、結構ビックリされる)
そんな私が美容院!!!
サロンでは、私の髪の長さに相当驚かれた。
「本当に寄付しちゃって、いいんですか?」
と何度も言われた。
「切りますよ! やめるなら、今ですよ!」
とも言われた。
いえいえ、ご心配なく。髪はまた伸びるものなのだ。

切る前に直径1センチくらいずつの毛束を作り、ゴムでとめられた。そのゴムの上で髪を切るようだった。
なるほど。
寄付する髪はそんな風に束にして送るんだなぁ。
で、切った髪がこちら。
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なかなかコワイ。
切った長さは約70センチ。
二人分の寄付ができた計算になる。

サロンの美容師さんは、
「2~3ヶ月にお一人くらい、ヘアードネーションにいらっしゃいますが、こんなに長い方は初めてです」
と言った。
まぁ、そうだろう。
「ずいぶん、よくお手入れされていましたね。とても健康な髪なので、喜ばれると思います」
とも言われた。
そうか、良かった。
誰かが、私の髪を使ってくれる。その髪で、喜んでくれる人がいる、と思うと、私自身が嬉しかった。

寄付する髪は、少しでも水分があると、いけない。
だから、シャンプーするのは、切った後だった。
美容院で髪をシャンプーしてもらうのは何年ぶりだろう。・・・って、20年ぶりだが。他人様に髪を洗ってもらうのって、こんなに気持ちの良いものだったっけか・・・
美容師さんが髪をタオルで包んで水分を拭き取ると、ヤケに頭が軽かった。
切った70センチの髪の重量は、結構なものだったようだ。
「アタマって、本当はこんなに軽いものだったんだなぁ」と実感した。

切った後の私の髪はどうなったか???
こんな感じである。
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そう。
それでもまだ、常識的なロングヘアなのである。
70センチ切っても、まだまだこれだけの長さがあるのだ。
フラは、やめるわけではない。
教えるのをやめただけである。
またクムの元でレッスンすることもある。お団子にはできないと、いけない。
それでこの長さを残したのである。

髪を切った後、市民講座のレッスンに行った。
これはカルチャースクールが閉鎖になる前に契約した講座なので、この講座は最後までやる。
早々にお団子にすることとなったワケだが・・・これが、ものすごく、大変だった。
今までは1つに結んで、ぐるぐるぐる・・・と巻き付けて、ツイストピンで止めるか、ヘアスティック(お箸みたいな棒)を刺せば、簡単にお団子ができた。10秒もかからずに、お団子になった。
それが、ぐるぐるぐる・・・とやる髪がないのだ。
「どうやって、お団子作るんだろう・・・」
と途方に暮れた。とりあえず、お団子の形にしてツイストピンで止めた。が、太くて固くて健康な私の髪は、あちこちからピンピンと飛び出す。もっと困ったのは、切ったことによって、ますます髪が健康になってしまい(!)、ツルツルのサラサラになってしまったことだ。普通のピンが止まらない。滑って落ちてきてしまうのだ。しかも髪の量が多いので、ピンを刺しても飛んでいってしまう。
ああ・・・もっと不健康な髪でもいいのに・・・
お団子にするのに、エラく苦労しているのである。

そして今日、ヘアードネーションの団体からお礼状が届いた。
ヘアードネーションのブルーリボンも同封されていた。
こんな可愛いカードだ。
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また髪は伸ばすかもしれない。
そしてまた切るかもしれない。
切るときは、31センチ以上にして、また寄付しようと思う。
誰かが喜んでくれるといいなぁ。

posted by プアアカハイ at 16:39愛知 ☁Comment(0)日記

おわかれパーティ

今日、ドゥ・ハワイ・カルチャースクールの生徒さん達がおわかれパーティを開いてくださった。
とても、とても、嬉しかった。

私は彼女たちにじゅうぶんな指導をしてこれただろうか。
私は彼女たちにフラや「学ぶ」ことそのものの楽しさが伝えられただろうか。
と、何度も自分に問うた。

カルチャースクールというのは、いろいろな生徒さんが通ってくる。
いつかは先生になりたい人、
もっと上手くなりたい人、
楽しく踊りたい人、
音楽を楽しみたい人、
仲間作りをしたい人、
生きがいを見つけたい人、
健康管理をしたい人、
私の横道話を聞きたい人。
その皆さん全員の目的に応えることは難しいのだが、私なりに、楽しい教室作りに尽力したつもりだ。
皆さんが少しでも、「何か」を得ていてくださったら、こんなに先生冥利に尽きることはない。

「先生、ありがとうございました」と何度も言われた。
いやいや。
「ありがとうございました」と言うのは私の方である。
私のように、型にはまらない、文化や歴史やハワイ語を取り混ぜたちょっと変わったレッスンをしているカルチャースクールを、よく見つけてくださり、そしてよく通ってきてくださったと、心から感謝している。
そして、父の介護や義弟の世話に悩んだ私に、たくさんの知恵やアイデアを与えてくださったことに、心から感謝している。

皆さんがいてくれたから、私は「先生」でいられた。
皆さんが私の後ろに並んでいてくれたから、私は背中を伸ばして前を向いていられた。
皆さんの熱意が、私に力を与えてくださった。
言葉では上手く言い表せないけれど、私の16年に及ぶ先生生活は、すべて皆さんのおかげなのだ。

皆さん、本当にありがとうございました。
充実した、この上なく幸せな先生生活でした。

余談ですが・・・
もうちょこっと、ブログは続けます。もうちょこっとだけ。
もう先生ではないのに、おかしいかもしれないが、次への一歩が決まるまで、もう少しだけ続けようと思っている。
私の髪の毛の行方(?)を気にしている方もいらっしゃると思うので、また改めて書くつもり。
さて、どれくらい切ったのか???
次回をお楽しみに!

「先生」引退のご報告

私は、
「フラの先生」を引退
することに致しました。
所属していたドゥ・ハワイ・カルチャースクールが閉鎖になったことに伴い、先生業から離れます。
ただし・・・11月20日までの市民講座については契約があるので、それまではフラを教えます。

ドゥ・ハワイ・カルチャースクールは、9月30日をもって閉鎖になりました。
それを知ったのは9月27日。まさに、電光石火であった。
閉鎖の理由は、建物の老朽化

最初は7月の初め頃だった。1階の床がひび割れ始めた。
あちこちにひび割れができ、それに段差が加わったり、裂け目の幅が広くなっていった。
3階にあるスタジオが突然、雨漏りするようになった。
応急処置でもちこたえていたのだが、雨漏りした場所は1カ所だけではなく、天井と壁には無数の雨のシミができた。要するに、壁からも雨が入ってきているのだ。
ドゥ・ハワイ・カルチャースクールを運営している会社は、建物の状態の検査を提言したが、建物の持ち主との交渉が進まず、独自に依頼した検査の結果が出たのが、9月27日だった。
中程度の地震でも崩壊する可能性がある
とのことだった。

建物がイカンことがわかっていながらの営業は続けられない、との判断がなされた。
そりゃ、そうだろう、と思う。
報告を聞いた私やアルバイトスタッフ、生徒さん達からしてみれば、「なんでこんな突然に!」と思うのだが、経営陣からすれば、何かあった時の保障を考えねばならない。
もし、建物がイカンことを知りながら営業したならば・・・何かあった時に、「なんで建物がイカンことを知りながら営業を続けたんだ!」ということになる。
だから、建物がイカンことがわかった段階で、すぐに閉鎖されたのである。

建物がイカンことは、私も感じていた。
いつか、大々的な検査がされるんだろうな、建物が補修されるんだろうな、長期間の休講になるかもしれないな、とは感じていた。でもそれは、あくまで私個人が勝手に感じていただけのことであり、社員でもない、何も詳細を知らされない身としては、勝手に想像するしかなかった。
しかし事態はそれほど簡単なことではなかったようだ。(だから閉鎖なのだが・・・)
一般のお客様を建物には入れられない、との判断がなされ、カルチャースクールだけでなく、1階のショップも閉鎖された。建物裏手のコインパーキングも閉鎖された。

こうして、ドゥ・ハワイ・カルチャースクールは閉鎖されたのである。
スタジオを持っていない私は、これから、どうしようか、と考えた。
そして導き出した答えは、
引退
だった。

教室を運営・経営していくには、大変な費用がかかる。
私には、その経済的余裕がないのである。
そして、時間も。父の介護はなくなったが、私にはまだ、知的障害のある義弟の世話がある。
そんな状態の私が、教室を責任を持って運営・経営していくことは不可能である。

私は以前、自分の教室を持ち、スタジオを構えていた。が、当時、父の介護がものすごく大変で、私自身の時間も取れなくなり、教室は閉校した。
教室を経営する、というのは、教えている時間の何十倍も運営や経営に伴う事務管理が必要だ。私には、その時間がなかった。だから閉校したのである。
そんな時、ドゥ・ハワイ・カルチャースクールが声を掛けてくれた。
教えるだけ、という仕事ならば、父の介護をしながらもできる、と考え(実際は父の世話がどんどん圧迫してきたが)、ドゥ・ハワイ・カルチャースクールの専属講師になった。
本来なら。
私は5年前に教室を閉じた時に、フラの先生を辞めていたはずである。
それが、ドゥ・ハワイ・カルチャースクールのおかげで、余分に、5年間、フラを教えることができた。
ドゥ・ハワイ・カルチャースクールのおかげで、父の介護もできたし、知的障害のある義弟の世話もできた。
そして、ドゥ・ハワイ・カルチャースクールのおかげで生徒さん達をクムに会わせることができた。
ドゥ・ハワイ・カルチャースクールには、感謝しか、ない。

「サークルの指導でも、いいじゃないか?」
とのお声もいただいた。
しかし私は、フラの先生を始める時、心に決めていた。
サークルや同好会という気楽な集りでの指導はしない、と。
やるなら100。私は0か100かのどちらかだ。
やるなら、きちんと、教室の様を呈した形で、しっかりと指導していく、と決めていた。
それができなくなったら引退しよう、と考えていた。
私は、例えば、身体が動かなくなったとか、年齢による理由で今までどおりの指導ができなくなった、とかの理由で、いずれは先生を引退するんだろうな、と漠然と想像していた。
ところが、建物の老朽化とは・・・全然、想像していなかった。

未練は、ないはずがない。
フラを学んで22年、先生と呼ばれて16年。
人生の大半をかけて取り組んできたことを、そんなに簡単に捨てられない。
でも、状況からみて、先生を引退せねばならない。
ここ2週間、ぐるぐるとそんなことばかり考えている。どうしようもないことなのに。
どんなに未練を持っていても、私の状況では先生は続けられない。

もし私に、200人を超える生徒さんがいたならば、ドゥ・ハワイ・カルチャースクールは移転してでもスクールを継続させていただろう。
もし私に、潤沢な資産があれば、自分でまた教室を再興することもできただろう。
もし私に、じゅうぶんな時間が取れるならば、何らかの方法も採れただろう。
でも、どれも、叶わない。
すべては私の不徳である。
ここが、諦め時なのだ。

私はこの2週間、努めて努めて冷静に考えをまとめてきた。
しかし実のところ、そんなに冷静であるわけがない。
「先生は私を捨てるんですね!」と言った生徒さんもいた。
「冷静な先生が許せない!」と母に怒鳴った生徒さんもいた。
「人として、許せない! 人として最低です!」と言った生徒さんもいた。
「なんのために先生についていたんだか!」と言った生徒さんもいた。
たぶん、私の一生の中で、これ以上、人様の前で面罵されることは、これまでもなかったし、これから先もないだろう。
彼女たちの文言は、建物の老朽化によるスクール閉鎖と私の引退という一連の出来事とは大きくかけ離れているが、生徒さん達も私と同様、行き場のない悲しさや悔しさ、寂しさを抱え、冷静ではないのだろう。
驚くような罵詈雑言の中、もちろんショックもあるが、私は冷静にその文言を受け止めた。きっと、ご本人は冷静ではないため、何をどのような表現で言ったのか、正確に思い出すことはできないだろう。後になって謝罪してきた生徒さんもいたが、冷静さを欠いている状況下での発言なので、私は気にしていない。そんな状態に追い込んだのは私だ。
申し訳なく思っている。
生徒さん達の不平や怒りを黙って受け止めるのが、私の「先生」としての最後の仕事なのだ。

今はこの現実を自分の中で消化すべく、努力しているところだ。
そして、16年ぶりに「生徒」に戻り、純粋にフラを楽しんでいた頃に戻ろう、と思っている。そうやってプラスへ考えていかないと、「自分」がもたない。

未練を断ち切るため、親しくしている先生にパフとプニウを差し上げた。
オーダーのレイや髪飾りも、親しい先生方にお送りしようと思っている。
そして、今日の午後、私は髪を切りに行く。
常識的な長さ(?)にするつもりだ。
髪は「ヘアー・ドネーション」する。
私の髪を誰かが役立ててくれると嬉しいな、と思っている。

未練を断ち切るには、まだまだ時間がかかりそうだ。







セントレア2019

台風で被害に遭われた方々が大勢いらっしゃる中、この記事を載せようかどうしようか、とも思いましたが、
ドゥ・ハワイ・カルチャースクール最後のステージ
なので、セントレア2019の模様をアップします。

出演したのは10月14日(月・祝)。
台風の影響で土曜日のステージが中止になり、急遽14日に出演することとなった。
急な日程変更のため、出演を予定していた生徒さんの数人が出演できなかったのはとても残念だし、台風を恨みたくなるのだが、万障繰り合わせて出演してくださった皆さんには感謝、感謝である。

1 `Ulupalakua
初級の皆さん。生徒さんだけで踊るのは初めて。でも笑顔が絶えず、堂々と踊っていました。
これはクイ。外へ蹴るスタイルです。初級者には大変に難しいステップでしたが、上半身がブレない、美しいクイでした。
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のびのびと踊っています。
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ポーズの途中でも、とても良く揃っています。なかなかできないことですね。
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初級とは思えない出来映えでした。笑顔も絶えることなく、楽しさが伝わってくるフラでした。

2 Manawaiopuna
直美先生のソロ。直美先生のソロは久しぶりでした。
これは滝のポーズ。上にある手がきちんと伸びているとポーズが決まります。上にある左腕と曲げている右腕の角度がこのように平行になっていると美しいです。
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広い会場の場合は、このように目線を遠くへ飛ばします。会場の隅から隅までを対象として踊る時のコツです。
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優しい笑顔が素敵ですね。
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3 Lei Maile
中級クラスの皆さんです。
この角度がなかなか揃わず苦労しましたが、本番は決まっていました。とても美しいです。
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肘の角度の細かいところまでよく揃っています。安定していますね。
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「しびれる」のポーズ。「アロハ」とは微妙に手のひらの使い方が違います。こういう踊り分けができるのは、中級クラスならでは、です。
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最後まで伸びやかで繊細なフラでした。とても良かったです。
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4 `Awapuhi Beauty
私のソロ。これはお気に入りの曲です。長いフイがあるのだけれど、1番と2番ではフイのステップも振り付けも全然違います。結構、難曲です。
これはレイのポーズですが、顔が先行しています。特に下から上、右から左、左から右へ大きく目線を移す時は、このように目線を明らかにわかるくらい先行させます。フラを伸びやかに見せるコツです。
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実はこの衣装は私が作ったもの。
もちろん、もっと高価な衣装はたくさんあるんだけど・・・最後のステージは私らしく、原点に戻って、自作のドレスで踊りたかったのです。
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視線を遠くに飛ばしています。広い会場を少人数で使う時は、しっかりと遠くまで見通しながら踊るとダイナミックに見えます。
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これが一番お気に入りの写真。「キス」のポーズですが、「アロハ」の時の「キス」と、「キス」の時の「キス」は微妙に違います。
ややこしいのですが・・・「キス」の時の「キス」は、肘をあまり左右に張りません。少しつぼめた感じになります。肩を上げて、一瞬だけ眉毛を上げ、すぐに下げます。う~ん、難しい。
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5 Halema`uma`u
上級クラスの皆さんです。この曲は先代のクム・レイからも習った曲ですが、今回は現クム・ナホクのフラ。場所を讃える歌とは思えないほど優雅で繊細な振り付けになっています。ステップ自身は難しいものではないのだけれど、すべてのモーションをつなく、というのを目標に練習してきました。
ポーズからポーズをうまくつないでいます。流れるようで、とても美しいです。
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次のはポーズへ行く途中の瞬間を撮った写真ですが、その一瞬もよく揃っています。目線も正しく、きれいですね。
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これは私のこだわりの一瞬。スピンのすぐ後でドレスをしっかりとつかみ、重いカオを踏んでいます。ドレスをつかんだ方の腕の肘の角度、ドレスの流れもよく揃っていて大変美しい。上級クラスらしいフラでした。
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台風の関係で日程が急に変わったにもかかわらず、多くの生徒さんが参加してくださり、本当にありがとうございました。
また、遠方から駆けつけてくれたYちゃん、ありがとうございました!

また後日、詳しくブログでご報告しますが・・・
実は、ドゥ・ハワイ・カルチャースクールは9月30日をもって閉鎖となりました。
私のフラ・クラスとハワイ語クラス、Y先生のウクレレ・クラスも、S先生のキルト・クラスも、すべて終わってしまいました。
今は抜け殻のようです。
まだ、自分の感情が落ち着いておらず、事実を消化できていません。
最後のレッスンでは、それでも私はまだ「先生」なので、努めて冷静を装いましたが、実のところは全然冷静でもないし、事態は理解しているのだけれど、うまく消化できていませんでした。
最後のステージを終えた今でも、まだ、うまく説明できません。どこか、別の世界で起こっているような感じがしています。
それでも。
前を向いて歩いて行かなくては。
事実を消化する努力をせねば。
これは組織論なのだが、先頭に立つ者は常に冷静に、一番早く方針を示す必要がある。それはよくわかっている。
今は、すべてを受け入れるべく、鋭意努力中、といったところ。
気持ちが落ち着いたらまた、ブログで報告します。
それまで、今しばらく、お待ちください。